シスネと別れて一人、LOVELESS通りの方へやってきたまではよかったのだけれど。
「やっぱり、つまらないかも」
元々一人で出歩く予定ではなく、誰かと一緒に、という感覚でいたところを一人でぶらぶらするのは面白くない気持ちばかりが先に立って、なかなか上手く楽しめないものだ。
すき始めていたはずのお腹もいつの間にか大人しくなってしまっていて、これ以上の散策にはもう意味を見いだせない。
「帰ろうかな」
諦めて踵を返しかけたとき、か細い動物の鳴き声が耳に届いた。
場所はおそらく、車が置かれている所のさらに向こうの方。
「?」
突き当たりまで歩いて行って薄暗い路地へと入り込んで目を凝らしてみると、壁に立てかけられた板の隙間に小さな影が見えた。
二歩、三歩と近づいていくと、小さな子犬がこちらをうかがうように見つめている姿が見えて、すぐ傍でしゃがみ込む。
「大人しい子だね。野良かな?」
手を差し出すとすぐに匂いを嗅いで、程なく頭を手にすり寄せ始めた。
らちもないことを話しかけながらよくよく見てみれば、随分と毛並みが綺麗に整えられているようだ。
首輪は見えないけれど人慣れはしているみたいだし、と、乞われるままに撫でていると、急に視界が暗くなった。
「先を越されたな」
「うわっ」
「おっと、失礼」
次いで降ってきた声に驚いて振り返ったら、勢い余って体勢を崩して尻餅をついてしまった…のだけれど。
「大丈夫か?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「いや、俺が驚かせたせいだからな」
腕を掴まれたかと思うと、あっという間に元の体勢に戻されていて、まるで尻餅など最初からついていないかのような錯覚を覚える。
手助けをしてくれた人物の確認をしようと振り返ったところで、重ねて言いかけたお礼の言葉は大きく開いた口から出ることなく止まってしまった。
「…もしかしなくても、クラス1stのアンジールさん…ですよね?」
「そういう君も神羅の人間みたいだな」
「今年入社したです。秘書課勤務です」
「か。よろしくな」
大きな手に振られるままに握手を交わしながら、クラス1stの遭遇率の高さに内心苦笑していたら、アンジールの足下に嬉しそうにまとわりついている子犬の姿が目に映る。
「随分懐かれているみたいですけど、アンジールさんがここで?」
「ああ。ちゃんと飼ってやりたいのは山々なんだが、俺は長期任務に就くことが多いからな」
手をかけてもらえない場所に閉じ込められるより、自由に身動きできる場所の方がまだマシだろう、と。
飼いたくても飼えない心情がつぶさにうかがえる言葉に、納得して頷いていたらふとこちらに視線が固定された。
「君はどうだ?」
「あたしは毎日家には帰れますけど…。日中誰もいないから、それはそれでかわいそうかもです」
「やはり、そうだよなあ」
家に帰ってペットがいたらと思うことは多々あれど。
一人暮らしの身で動物を飼おうと思うのは、個人的には難しい。
言わば、似たような理由で二の足を踏んでいるらしいアンジールの横で、つられて思わず悩み込みながら。
端から見たら確実に変な絵面だろうなと少し笑ったら、不思議そうな視線を感じて慌てて首を振った。
「ダメ元、ですけど」
「うん?」
「秘書課の人たちに聞いてみましょうか?」
実家通いの人や所帯持ちの人など。
タークスやソルジャーなど違って体を張る必要性のない職業柄、様々な環境の人がそこそこの規模で集まっている課だけに、希望してくれる人は一定数いるように思える。
私の提案に、すぐに嬉しそうな表情を浮かべたアンジールは大きく頷いた。
「頼む。期待しているよ」
「頑張ります」
話の間にも持ってきていた餌を子犬に与え、ちょうどいいタイミングでどちらにも区切りをつけられたようだ。
「ところで君は、ここで何を?」
「友達とご飯食べるつもりだったんですけど、ダメになっちゃって」
「そうか。それはいいな」
「はい?」
立ち上がったアンジールにワンテンポ遅れる形で立ち上がった私は、問いかけられるままに答えていく。
その問いかけの意味を正しく把握したのは、もう既にアンジールの中で直近の予定が組み上がった後で。
「何かの縁だ。これから一緒に食いに行こうか」
「ええ!?」
「うん?何か不都合なことでもあるのか?」
「あ、いえ。そんなことは決して」
「じゃ、行こう」
確かに一人ご飯はつまらないと思ってはいたけれども。
半ば引きずられるような形で初対面の、しかも一緒にいるだけで悪目立ちしてしまいそうな人物と食事をすることになろうとは、後にも先にも思いもよらないことだった。
2015.9.1