スタートライン



ソルジャー司令室へ資料を届けた日の昼休み。
秘書室に据え置かれたテレビからは、長々と演説を続ける社長の姿と戦地でまたひとつ武勇をとどろかせたらしいセフィロスの映像が繰り返し流れている。

入社してこちら、よく見る構成の映像で何ら感慨を持つことは一度もなかった。

だけど。
今日はやけに、つい先ほど披露された毒気のない笑みがいつまでも頭の中にオーバーラップしてしまって仕方がない。


「違和感が半端じゃないったら、…と」


考えてみたところで結論が出るわけでもなく。
独りごちて、ため息をついていたら不意に携帯が着信を告げた。


「シスネ?どうかした?」
『今、忙しい?』
「ううん、のんびり中」


もしかしたら今の今まで仕事をしていたのかもしれない。
明らかに仕事相手ではないと分かっているはずの私に、随分と抑えた調子のまま端的に状況を確認するシスネの声に少し笑うと、彼女の笑い声も重なる。


『ごめん、つい仕事モードになっちゃって』
「いいけど、どうかした?」
『定時で上がれそうなんだけど、晩ご飯一緒にどう?』
「もちろん、行く行く」
『OK。終わったらそっちに行くわ』
「うん、待ってる」
『じゃ、後でね』


思いがけないお誘いに、先ほどまでの釈然としない感覚は露と消える。


通話を切って携帯の時計を確認すると、いつの間にか午後の仕事開始時間の5分前。
晩ご飯は何を食べようかな、と、もう楽しみな予定だけで頭がいっぱいなまま午後からの仕事に臨んだ。






「お待たせ、
「お疲れさまー。早かったね」


就業終了時刻を10分ほど過ぎた頃。
秘書室の戸口に姿を現したシスネが軽く手を上げたのを合図にして、私も立ち上がる。


「あれ?珍しい」
「ああ、あの二人なら」


既にまとめてあった荷物を抱えシスネと並び立って外に出た途端、予想とは違う光景に思わず首を傾げると、言わずとも考えている事が彼女にも分かったのだろう。
ぷっと吹き出して、ゆっくりと歩き始めた。


「帰り間際に仕事入れられちゃって、今日は残業」
「今日は残業なしだぞ、と…は通じなかったんだ」
「そういうこと」


エレベーターを降りてエントランスを出ると、近隣のビルに設置された街頭テレビの映像が視界に飛び込んできた。

ソルジャー達がミッドガルに帰ってきたところを上手く捉えることが出来たのだろう。
会社の敷地内に入る前に一旦止められてしまった搬送用の車に乗ったままのセフィロスの周りは、どこから集まってきたのか。
既にたくさんの人に囲まれていて、その様子を今回の遠征の成果と共にニュースとして使っているようだ。


「普通はああよねえ」
「何が?」
「あの人の顔」
「ああ、セフィロス?」


若い女性達による黄色い歓声や食い入るような視線。
その全てをまるで何事もないかのように一瞥すらせず、無感動にただ車が動くのを待っている姿。

画面越しによく見る、ステレオタイプのイメージ。


「彼、一般の人に騒がれ慣れてるから、大体ああやって無関心だったり、反応しても無表情な感じだと思うけど。それがどうかしたの?」
「ちょっと前に会っちゃったときはものすんごい仏頂面で、今日はなぜか穏やか系」
「へえ、珍しい。何かしたの?」
「なんにも。初めて会ったときは、ちょっと探し人の行き先を尋ねて、思わずじろじろ見ちゃったけど」


それだけだよ?と話を続けながら、神羅ビルからの道を八番街方向まで歩いて噴水前にたどり着き、そのまま示し合わせるまでもなく二人の足は自然とLOVELESS通りへと向いて動く。


「その程度だったら、たまたま虫の居所が悪かったとか」
「じゃあ、今日のはたまたま虫の居所が良かったってわけね」
「そうそう」


既に街頭テレビがあったビルを通り過ぎ、音声すら途切れ途切れになった場所でちょうどこの話にも区切りがつきそうだ。
私たちみたいな一般の人間よりは遙かにセフィロスと接点があるであろうシスネが首を傾げるぐらいなのだから、まさに虫の居所が良かったり悪かったり程度のものだったのだろう。


「2回続けてレアケースに遭遇しちゃっただけ。あ、ちょっと待って」


スッキリしたところでさあご飯!と私が頭を切り換えたのとほぼ同時に、携帯の着信音が鳴り響く。
急かされるように携帯を取り出し話し始めた彼女の携帯からは、時折レノの声が漏れ聞こえてくる。


「え?でも…」


だんだん低くなっていく声色に嫌な予感が拭いきれないものの、大人しく待つしかない。
そんな中、最初はやや難色を示していたシスネも、最後には折れたようにため息をついた。


「分かったわ。すぐ戻る」
「え?」
「ごめん、仕事入っちゃった」
「えー!」


残念そうにもう一度ため息をついた彼女は、肩をすくめながら立ち上がる。
仕事上、仕方のないこととは言え、正直かなりがっかり。


「埋め合わせ、ちゃんとするから」
「うん、楽しみにしてる」


頑張ってね、と声をかけて送り出せば、フォローの言葉とウィンクをひとつ。
その後すぐに気分を仕事モードに切り替えたシスネは、今し方通ってきた来た道を駆け足で戻っていった。


「レア、ね」


一人きりになってしまったけれどもこのまま素直に帰る気分にもなれなくて。


「まあ、後の方のレア感なら確かに悪くなかったかな」


彼女の言葉を頭の中で反芻させながら、私は向きを変えることなく足の向くまま、LOVELESS通りの方へと再び歩き始めた。


2015.8.23