スタートライン



うっかり、セフィロスに遭遇する羽目となること一週間。
ソルジャールーム方面にお使いに行かされることもなく、最悪だった第一印象も頭から消えかけていた頃。


届け先がたった3ヶ所という少なさから、いつもしているように事前に行き先別に仕分けることなく部屋を出た。
最初の行き先を確認するためにようやく手元の荷物に目を落とした私は、とある資料につけられた付箋の走り書きに思わず目を留める。


「うげ」


これから届けようとしている荷物の下から覗いている部分にはソルジャーの文字。
一体、誰宛だろうと付箋全体が見えるように荷物をずらしてみると、”ソルジャー司令室 ラザード様”となっていて少し胸をなで下ろす。


「英雄さんも忙しいだろうし。そもそもフロアが違うから大丈夫っと」


深く考える必要性も感じずに、一番遠い司令室を最後に回して私はビルの中を歩き出した。






部屋を出てから15分も経たない内に、エレベーターはソルジャー司令室の前で止まる。
フロアに足を踏み入れると、さすが重役のフロアと言ったところだろうか。
短い通路のその先にある大きなスペース以外には、部屋らしい部屋は見当たらない。

また、幸いなことに奥の部屋にはちゃんと人の気配があるようだ。
念のため、通路側から声をかけてみたら応える声もある。


「失礼します、資料をお持ちしました」
「ありがとう、そこに置いておいてくれ」
「はい」


一見して少し神経質そうな印象のラザード統括は、イメージに反して柔和な人物のようだ。
資料と私に視線を向けた後、きちんと目を合わせて笑顔で頷いてくれた。


「今日は宝条に用事じゃないのか」


任務完了、と内心呟いて笑顔を返したまま退室しようと振り返りかけたとき、耳に届いた妙に聞き覚えのある声。
どうやら初めて会う相手に届け物をすることだけに集中し過ぎていたらしい。

他の人物がいたことに全く気づいていなかった私は、声がした方向へ視線を動かして二度驚く。


「…あたし、別に宝条博士の専属じゃありませんから」


ラザード統括に向けていた笑顔をギリギリ維持したまま何とか答えると、案の定、脳裏に刻まれているとおりの人物が小さく肩をすくめてみせた。


「知り合いか、セフィロス」
「少し前に会ったことがあるだけだ」
「宝条博士、か。いきなり君と会うことになった彼女に、心から同情するよ」
「ふん」


含みのある会話は私にはとても見当もつかない内容で。
ただ、今がチャンスかと、じわりと後ずさるのをめざとく見ていたらしいラザード統括が心得ているかのように面白そうに笑う。


「引き留めてしまってすまなかったね。また用事があったときにはよろしく頼む」
「はい、喜んで。じゃ、失礼します」


明確に退室の理由を得てホッとしつつ、ようやく出口の方へと踵を返す。
素通りするわけにもいかずセフィロスの前で小さく会釈すると、彼が小さく微笑むのが見えた。


初見の仏頂面からは、おおよそ想像もつかない表情。
穏やかで物静かな佇まいは、組織によってある意味、偶像のように作り上げられた物ではなく、自分たちと何も変わらない人間味を感じさせる、そんな瞬間。


これまで占めていた感情とは違う、むしろ全く相反する別の感情がわき上がってくるのを、早くなり始めた鼓動と共に感じて、慌ててその場を後にした。


2015.8.17