スタートライン



神羅カンパニーの秘書課で働くことになってから、早3ヶ月。
一端の秘書として!…なんてことは、並み居る先輩方の末席に加わったばかりの新入社員の身ではまずあり得ないけれど。
毎日結構忙しく過ごしてきた、そんな日。


「お、。今日も元気に徘徊か?」
「なんでそうなるのよ」


先輩同僚に頼まれた用事を片付けるために秘書室から出た途端、既に耳馴染んだ感がある声のからかいの言葉に条件反射で返して、ちょっとだけそちらに歩み寄る。


「どうかしたの?秘書室になにか用?」
「いや、たまたま通りかかっただけだぞ、と」
「たまたま通りかかって、たまたま見かけたあたしに、どう聞いてもポジティブにとれない”徘徊”なんていう言葉を、出会い頭にくれちゃったわけ?」
「おう。だって、本社ビル内を徘徊するんだろ?」
「仕事です!」


入社当初にタークスへ資材や情報を届ける作業がしばらく続いたせいか。
ビシッとかっこいいはずの黒スーツを随分とゆるく着こなした赤髪の男性とは、この短期間でまるで旧知の友人のような態度で話すようになっていた。

おかげで真偽の程はともかく、タークスにまつわる数多ある噂と目の前のレノのイメージがあまりにも一致しなくて、いまいち感覚が掴みづらい。


「うちに用事じゃないなら別にいいや。あたし、行くね」
「今日はどこに行くんだ?」
「いろいろ。備品とかのお届けもの」
「そんなの総務の仕事じゃねえのか?」
「社内の人や人間関係覚えたり、構造を覚えたりするために、総務から分けてもらってるみたい」
「ふーん、そんなもんか」


曖昧に頷いたレノは、納得いったようなそうでもないような表情を浮かべたのもつかの間。


「仕事か?
「そうですけど、何かご用ですか?ツォンさん」


背後から急に出てきた自身の同僚の姿に、驚いたように少しのけぞっている。

が。
図らずも空いたスペースに自然と体を滑り込ませてきたツォンはそんな同僚の様子を意に介した様子もなく、いたってマイペースに用件を話し始めた。


「使ってすまないが、宝条博士にこの書類を届けて欲しい」
「宝条博士ですね。分かりました」
「よろしく頼む」
「はい」
「それとレノ、仕事だ。ルードとシスネはすでに五番街に向かっている」
「はいよ、と」


宝条博士の研究所には一度、行ったことがある。
拒否する理由もなくすぐに同意を伝えると、一つ頷いたツォンはレノと慣れた仕草でアイコンタクトを交わす。

予定外の任務ににわかに慌ただしくなった二人の背中を見送った私は、秘書室から持ち出した荷物の中に預かったファイルを加えて、予定より少し遅れたけれど自分の仕事に戻った。






秘書課から預かってきた用事は、その量とは反して比較的早々に片付いた。
途中、宝条博士の研究室は目的地の近場にあったため、こちらもすぐに済ませることができると想定していたものの、残念ながらその当ては外れてしまった。


「そりゃ博士だからって、研究室にこもりっきりってわけじゃないだろうけどさ」


研究室の中に残っていた研究員の一人が博士の行き先を教えてくれて、私は初めて立ち入るフロアでエレベーターを降りる。

部屋の用途上、やや大きめに確保する必要があるせいか。
さほど部屋数のないフロアで、目的地となる場所はすぐに見つけられた。


「まさか、トレーニングルームにいるなんて思わないって」


ソルジャールームに常設されている計器をチェックしているはず、とも言っていた研究員の言葉に従ってトレーニングルームに一歩足を踏み入れた途端、私の予想を遙かに超えた光景が目に映し出された。

まず、計器が置かれている準備室には誰の姿もなかった。
その代わりと言ってはなんだけれど、トレーニングルームと準備室を繋ぐ扉が開いて大きな人影が出てきたのが見えた。


黒のロングコートに銀色の髪。
今し方トレーニングを終えたのか、左手には鈍く光る長い刀。


直接会ったことはなくとも、神羅カンパニーに身を置く者であれば知らぬはずもないその人物は、言わずもがな。
英雄セフィロス、その人だった。


「部外者が何の用だ」
「…宝条博士にお届け物、なんですけど」
「ヤツならさっき部下を引き連れて出て行った」


あまりにも想定外の状況に、思わずしげしげと顔を眺めてしまったせいかもしれない。
セフィロスから声をかけられるまで思考停止していたらしい私を見る表情は、この上もない仏頂面。

まあ確かに、セフィロスにしてみれば私は場違い感満載の不審人物だし、いつまで経ってもボーッとしてるだけだしって感じなのかも知れない。
だけど、社内テレビや写真で見かける顔はもっとポーカーフェイスで、ある意味ここまで感情的じゃないよなあ、なんて思っていたらいつの間にか背後のドアが開く音がして慌てて振り返った。


「あ!ちょ…ちょっと待って!」
「…何だ」


至極迷惑そうに足を止めたセフィロスは、こちらを向くつもりはないらしい。


「宝条博士がどちらに向かわれたか、ご存じないですか?」
「知らんな」


私の問いかけにごくごく短い単語を返した後、用事は済んだとばかりにさっさと扉の向こうへと出て行ってしまった。






結局。
ソルジャーフロアに点在するソルジャー達に総当たりで話しかけて、何とか宝条博士の行き先を突き止めることが出来た私は、何とか無事にツォンから預かったファイルを届けることが出来たのだけれど。


「やなやつ」
「ん?誰のこと?」
「たまたま行きあわせたソルジャーさんのことです」
「なあにそれ」


秘書室に戻って、ねぎらうように同僚が入れてくれたお茶を飲みながら、”英雄様”は映像や写真で見るだけのもので実際に会うようなものじゃないし、関わり合いになんてならないぞ、なんて。
しみじみと心に誓っていた。


2015.8.11