「鬼はー外」
おもむろに袋の内から緩く一掴み。
「福はー内」
パラパラ、パラパラと。
かけらも緊張感のないかけ声と共に、乾いた音を立て床に大豆が散らばる。
「まーた、何が始まったんだ?」
デュランダル内にある個別に割り当てられたわけでもない、とある一室。
どこで聞きつけたのか。
ひょっこりと顔を覗かせたJr.は、一抱えほどある袋を片手に空いた方の手を振りかぶるという、珍妙な姿のまま突然の来訪者に動きを止めたの姿に眉をひそめた。
「マメマキ」
「何だそりゃ」
「遠い昔の因習ですよ」
「ああ…ジンの入れ知恵か」
「何だか、とても悪いことをしているような気分にさせられる表現ですねえ」
シンプルすぎる答えにささやかなフォローを試みたらしいジンがおそらく情報提供者なのだろう。
少し奥まったところでのんびりと茶をすすり残念な口調を装ってはいるものの、ただただ成り行きを面白がる響きが宿っている。
二人がやり取りしている間にもパラパラと断続的に音を立てていた豆が、急に静かになったその時。
「もう飽きたのか、よ!?」
Jr.が振り返る瞬間をねらい澄ましていたたかのように、胸元へと豆が投げつけられた。
「ご明察」
さすがに配慮はなされていたらしく、緩い放物線を描いて当たっていたようだ。
とはいえ条件反射的に語尾が跳ね上げたJr.に、一粒豆をつまみ上げて見せたはにやりと笑む。
「鬼は外って言うぐらいなんだから、やっぱ鬼役は必要じゃない?」
ってことで、鬼役よろしく、と。
畳みかけるような言葉の通り、過たずJr.を狙って再開となる算段だったようだが。
「投げるの飽きたのなら、そりゃ鬼役はのが適任だろ」
同じく緩いながらも思わぬ反撃を受けたは大きく目を見開く。
「なんで!?」
「こんな事もあろうかと、豆は多めに用意しておいたのですよ」
「どうしてそう変なところでちゃっかりしてるんですか!」
「いや、備えあれば憂いなしと言いますし」
「だー、もう」
大きく吠えて不平を申し立ててみるものの時既に遅し。
はははとすがすがしく笑い、スポーツ精神という名の建前を被ったジンの元、雪合戦ならぬ豆合戦の火ぶたが切って落とされた。
「あ、よけないでよ!」
「人のこと言えねーだろ」
「だってあたし、鬼じゃないし」
「俺だって鬼じゃねえよ!」
両者共に一歩も譲らず。
舌戦を多分に交えた合戦は、とどまるところを知らないようだ。
が、二人の周囲にまんべんなく豆が行き渡った頃、ふとジンがその場から立ち上がる。
用事を思い出したので、という言葉は果たしてぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の耳にちゃんと届いただろうか。
「いい加減認めて、楽になっちまえ」
「そりゃこっちの台詞だから」
ほぼ、最高潮にまでヒートアップしたJr.とが同時に振りかぶり、投げつけたその直後。
「ふたりとも、騒ぎ過ぎよ!」
もう少し静かにして、と途中乱入を果たしたシオンにクリーンヒットした豆が、急激なクールダウンを演出した室内の空気と共に落ちていく。
幸い顔には当たらなかったものの、いつしか加減を忘れていた二人の渾身の一投はそれなりに痛かったらしい。
「…、Jr.君…」
「ごごごごごごめんね、シオン」
「わ、わりぃ…」
わなわなと震える拳を視界に収めたJr.とは、言い訳を弄するよりもひたすら低姿勢に謝罪を選び白旗を揚げるが、時既に遅し。
おおよそ無罪放免ではあり得ないであろう状況下、シオンの怒りが爆発するのが時間の問題なのは想像に難くないわけで。
謝りながらもじりじりと後退を続ける二人の行動が、彼女の怒りにさらに火を注いでいると分かっているのだろうか。
何はともあれ、福は内。
鬼は…。
誰?
2008.1.30