その日は一日、まるで嵐のように風が吹き荒れていた。
そして、陽が落ちた後も幾分か威力を弱めて吹いているのが少しだけ開いた窓の外から聞こえてくる。
「ねえ」
「何だ」
流され縦横無尽に揺れる髪もそのままに窓際に座り込み、赤から紫へと変わり行く空をぼんやりと眺めていたから漏れたのは。
「海、行ってくる」
「………何?」
俄かには、どうとも対応のしようのない言葉だった。
「別に付き合ってくれなくてもよかったのに」
相手の返事を待つことなく行動を起こそうとしたを引き止める術も言葉も持たずに結局、共に目的地に在ることを選んだらしいセフィロスはやはりというか。
憮然、としか表現しようのない表情で傍らに佇んでいる。
「何の前触れもなく、突然海に行くなどと言い出したお前の頭の状態を思うとな」
「なにそれ」
放って置けるわけもない、とたっぷりトゲの含まれた言い草は、の苦笑と共に潮騒へと混じり消えていく。
最初から勝負の見えている二人の応酬を他所に、様々な色合いを見せていた空もあっという間に深い紺に変わり、空も海も人も等しく無彩色に塗り替えられる。
ざあざあと、立つ飛沫だけを白く際立たせながら波が寄せては絶え間なく返されていく、そんな中。
「好きなんだ」
海がさ、と。
微細な砂がまとわりつくのも厭わずに膝を抱えて座り込んだは、陶然と耳を傾け続け守っていた沈黙を静かに破る。
ぽつりと告げられた言葉はまたしても対応に困る物だったらしく、自身も倣って座り込むことで先を促すことにしたようだ。
「とても澄んだきれいな青だったり、すべてを呑み込むみたいな黒だったり」
見据えるような強さで海を眺めるセフィロスの様子に、ちらりと目を向けたはこっそりと笑みを含み。
「うねって叩きつけるみたいな強さだったり、さざ波一つたたないぐらいの優しさだったり」
結構似てると思うんだよね、との主語をぼかしたごく小さな呟きが耳に届いたのかどうかは、表情を変えず身じろぎすらしないセフィロスからは全くと言っていいほど読み取れそうもない。
「一人の時、こうやってたまに来てるの」
「今日は一人じゃなかったはずなんだがな」
「…ごめん、ね?」
ただ、「一人」という言葉に即反応して返された言葉には明らかに不満の響きが宿り、謝ることしか選択の余地がないことは明白だったようだ。
覗き込むようにして見上げたはようやく合わせられた視線に、ほっとしたように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「風の音ってさ、波の音みたいに聞こえるときあるから…」
無性に恋しくなっちゃった、などと。
続くはずの言葉は、遮るようにして引き寄せられた腕の中へと、形になる前にかき消える。
後はただ、風とも潮騒とも完全には区別のつけられない音の波と境界が曖昧になった暗い夜の中で。
穏やかに微睡むと静かに包み込むセフィロスを、いつの間にか上がっていた月が煌々と照らし続ける。
2007.08.19