トンネルを抜けると…否。
「うわー…」
ドアを開けるとそこは、遠い昔地球と言う星にあった島国の一室でした。
「おや、いらっしゃい」
「あ、ジンさん」
ここはエルザ内にある男性部屋のはず、と。
ぽかんと大きく口を開けた状態でやや呆然と佇んでいたは、ひょっこりと部屋の奥から姿を現したジンの姿を認めて慌てて体裁を取り繕う。
「どうかしましたか?」
「Jr.に用事があってきたんですけど、それはこの際どうでもよくて」
「良くはないでしょう」
どうやら、何よりも先に好奇心が彼女の心を占めたらしい。
用向きを問われ本来の目的を一蹴して見せたを、ジンは面白そうな眼差しで追いかける。
目下のところ、棚に据え置かれた猫の置物を撫でたり指先でつついたりするのに大忙しのようだ。
「これってやっぱ、ジンさんの仕業だったり?」
「仕業とはまた、ちょっと人聞きが悪いじゃないですか」
「だって。この状況は確実にシオンの血圧、最高レベルまで上げちゃいますよ?」
「ああ、なるほど」
物珍しげに一通り見て回って、ようやく満足できたのか。
が今さらながらに忠告めいた発言をしてみせると、「それは困りますよねえ」などと、さして困った風でもないのんびりとした呟きが返される。
「そんな調子じゃ、シオンに怒られるのは確実ですね」
「そうですか?が黙っていてさえくれれば結構丸く収まりそうなんですが」
「いやいやいや。部屋の中見られたら一発アウトでしょうに」
「そこはそれ」
「どうにもなんないですって」
が今ここにいるように、シオンも何かの用事があって部屋を訪れる可能性などいくらでもあるわけで。
ジンの趣味に傾倒し切ったこの部屋の一角が、いつ彼女の目に触れて呆れ返る状況に陥るか分かったものではない。
が、小言を言われるのに慣れっこになってしまっているのか。
むしろ、小言を言いつ言われつの関係を保つことでコミュニケーションをとっているのか。
動じることなくジンが面白がる雰囲気のままに、殊更真顔を作っていかにもな仕草で口止めを図れば、もこらえきれずに大きく噴出す。
「口止め料、高いですよ?」
「じゃあ、この招き猫なんかどうでしょう」
「ちょっと心揺さぶられるんですけど…。折角の取引のチャンスですし、ここは慎重に考えたいなあ」
「じゃあ奥でお茶でも飲みながら一緒に考えましょうか」
「断る理由は…あー………ない、ですね」
当初の目的だったJr.への用事とお茶とを秤にかけたであろう間の後に、は妙に力強く後者を選んだことを告げる。
「…彼が近くにいるときは、私、背中に気をつけないといけませんねえ」
「なんの話ですか?」
「いえ、ほんの独り言です」
「はあ」
何かにつけてを構おうとするJr.を思い浮かべ、わずかばかりの同情をこめてその機会を一つ潰してしまったことを暗ににおわせてみたようだったが。
残念ながらその意図を汲み取れる人物は誰もいなかったようだ。
たまたまここに居合わせなかったのが運のつき、ということで。
結局は、鼻歌交じりにお茶の準備に取り掛かるジンの姿があったとか。
2007.07.25