「わー。雨、降ってきちゃったね。ねえ、どうすんの?」
「どうもしない!…と言うより」
普段であればこのエリアには近寄りもしないが、招きもしないのに嬉々として部屋を訪れること十数分。
しとしとと地面を叩き始めた雨に、満面の笑みを浮かべたまま埒ない言葉を紡ぐ。
「一体何を期待しているのだ、君は」
「知らばっくれるんなら、言わぬが花ってヤツじゃないですか?」
「…何のことやら分からんな」
「じゃ、しょうがないから秘密ってことで」
「……」
「…どしたの?」
デスクにおさまったまま、積み上げられた紙面に視線を落とし仕事に集中しているわけでもなく。
かといって、前触れなく訪れた遊びの口実に乗っかっての仕掛けた言葉遊びに興じるつもりもないらしい。
ただぼんやりと、そぼ降る雨を眺めやるマスタングの様子に不思議そうには首をかしげた。
「まさか本当に、し…」
「湿気てない」
「あらら」
湿気の先に垣間見える言葉に対する過剰反応だろうか。
が言うよりもはるかに早く制して見せたマスタングが、ようやく視線を向けるとやがて自嘲気味な笑みを浮かべる。
「ただ」
「ただ?」
「色々と考えることがあってな」
「…ふうん」
ぐるりと部屋を見渡しても、その先に彼の両手両足たる見慣れた人たちの姿はない。
物思いにふける理由なんて、聞くまでもなく明白な状況に。
「あーあ。雨、本降りになってきちゃった」
再び外れた視線を追うことも言及することもなく、わざとらしく独り言を呟いたは手近にあった椅子に座り込んだ。
「傘忘れてきたし。雨が止むまでなら話し相手になってあげてもいいかなーって気分」
「…それは光栄だな」
照れを隠すためについて出たと思われる偉そうな物言いは、あながち世辞ではなさそうなマスタングの口調と共に雨音に紛れ消えていく。
素直じゃない女が頬を赤らめたままそっぽを向いて、ほんの少しだけ素直な一面を見せた男が笑いをかみ殺すまで後わずか、な。
そんな、とある雨の日。
2007.07.03