その日は特別暑い日で。
燦々と降り注ぐ日差しに後押しされるかのように、地面では風に煽られた砂が舞っては乾燥した空気に拍車をかけた。
「雨、降りそうにない…かな」
季節に合った情緒をまるで感じられない気候と気温に、手をかざして太陽を透かし見たは諦めに似た苦笑を浮かべておもむろに屋内へと入っていく。
間もなく再度姿を現した彼女の両手には、水が入った桶と柄杓が握られていた。
天からの恵を今すぐに期待できないのであれば、ひとまず急場をしのげばいい、と。
柄杓で掬った水を乾いた地面へ撒いては、桶から水を掬い出す作業に精を出す。
撒かれた水は着実に濃い模様を地面へと広げ、辺り一帯に冷涼たる空気と水気を多分に含んだ土の独特なにおいが香り立つ。
その様に、気を良くした…訳でもあるまいが。
黙々と作業に没頭していたが、急に現実へと引き戻されたのはなんとも微妙なうめき声を耳にした時だった。
唐突に聞こえた人の声にビクリと体を震わせたが慌てて顔を上げると、視線の先には肩を落とし立ち尽くすギンコの姿。
近いところから遠いところまで、結構気合いを入れて撒いていたせいだろうか。
見事、頭から水をかぶった様子のギンコは、少量ながらも滴り落ちていく雫を呆然と眺めているように見える。
「…あっ…と、えっと…」
思いも寄らなかったであろう状況に、見るからに慌てふためいたが懸命に言葉を探り。
「煙草の火、消えちゃった…?」
「…この状況での第一声がそれなのか?」
何故かずれてしまっている着眼点にギンコは苦笑交じりの笑い声をあげた。
「ごめんなさい!…って、あ、おかえりなさい。…じゃなくて、拭くもの!!」
「おーい、。そんなに慌てんなよ」
「大丈夫、ちゃんと落ち着いてるから!」
「…とても落ち着いているようには見えんから言ってるんだがなあ」
一通り言葉にし終えたがおざなりな受け答えを残しあたふたと家の中へと飛び込んでいく。
慌てた勢いのまま手に持っていたものはその辺にひっくり返され、バタバタと走り回っているであろう足音はいつになく大きく響き渡っているようだ。
「ほっといたら俺よりもひどいことになりそうだ」
時折聞こえる何かと接触する物音と悲鳴に面白そうな表情を浮かべ、遅れてのんびりとギンコも家の中へと姿を消すのだった。
2007.06.04