それは多分、とても不思議な光景だった。
「なあ、」
「なんだ」
清流にたくさんの蛍が光り舞う姿。
そこまでは条件さえ整っていれば普通に見ることができる、幻想的ではある物の身近な光景で。
「蛍ってのは、自分から花の中に入るような習性を持ってんのかね」
「いや…」
ただ、その蛍が道端に咲くホタルブクロの中に入り込んだ状態のまま光を放つ姿など、自然の形では到底お目にかかれる物ではないはずだ。
「わたしの知る限りではない、が」
「だよなあ」
「やはりここは調べてみるべきか」
「だろうなあ」
ふむ、と複雑な表情を浮かべ淡々とした口調で話していた二人の蟲師は、示し合わせるまでもなく視線を交わすと同時に頷いた。
いつの間にかすっかりと日が落ちていた里の中は、家屋がある付近に生活のための灯りがともされているだけで、外は月と星の光が静かに降り注ぐばかり。
そんな中、危なげなく森へと続く道を歩けるのは、まるで行灯のように煌々と光り点在するホタルブクロのおかげ…と言い切ってしまうのは言い過ぎだろうか。
「やはり、おかしいな」
「ああ」
少し進んではかがみ込み、立ち上がってはまた進むを繰り返していたが、花の中の蛍をつまみ出して観察する傍ら。
彼女からはやや離れたところで同じような行動を繰り返すギンコが、暗がりの中から同意を示した。
「こっちらへんの花には入るどころか、止まる気配すらねえし」
とは違い、光量の不足を手に持った灯りで補うギンコは、話を続けたままその光をホタルブクロへと当てる。
「蟲の仕業かと思ったが、そうじゃないらしい」
いくらしげしげと眺めてみても違和感を感じることはなく、手にした個体に蛍以外の可能性を見出すことなどは出来ず。
そうであるとすれば、原因はひとつしか考えられないわけで。
「そっちの花の方に何かからくりがありそうだな…て、?」
一通りの検証を済ませたところで立ち上がり、がいた方を振り返ったギンコは、くわえていた蟲たばこをうっかり落としそうになるも、慌てて手で支えて事なきを得る。
そういや会話どころか相づちさえも聞こえてこなかったな、と、今さらながらに思い返してみても時既に遅し。
「さすがにこの状況ではぐれちまうのはまずいだろ…」
作業に没頭しがちな彼女の姿が、在るはずの場所から忽然と消えてしまっている状況に、ギンコの顔には焦りの色が濃く滲み始めていた。
2015.7.18