長い雨の季節に差し掛かった、とある日。
幸運にも途中、あまり雨に降られることなく進めることが出来た道行きだったが。
先を急ぐ旅でもなく、連日降り続いていたとおぼしきぬかるみがちな悪路をさらに進む気にはなれず。
「なかなか風情のある光景だな」
「ああ?」
ささやかな休息を得ようと立ち寄った里のあぜ道を連れ立って歩くふたつの人影の内、一人が趣深げにつぶやいて、もう一人が誘われるように彼女の視線の先を追う。
山に寄り添うように作られたこの集落は、清らかな水の恩恵を受けているようだ。
程なく沈んでしまうであろう日の光に代わろうとするかのように、いくつものほのかな灯りが、手を伸ばせば届くほどの高さに浮かび上がり始めている。
次から次へと浮かぶ光の元を捕まえては、あらかじめ手折っておいたホタルブクロの花の一つに入れ込み。
花心にどうにか居場所を得た蛍が再び光り出すのを待つ子ども達の姿。
そっと捕まえては、釣り鐘型の可憐なフォルムの内に入れ、花より飛び立ってしまってはまた次の蛍を追い。
「へえ。あれぞまさしくホタルブクロたる所以ってヤツか?」
「そうかもしれないな」
無心に続けられていた遊びも、夜のとばりが降りるに従って終わりを告げるようだ。
花だけを手に家路につく子ども達が消えると共に昼を思わせる活気も消え、代わりに静けさが辺りを支配し始める。
「さて、と…って」
つられてのどかな光景を眺めていたギンコは、本来の目的を思い出したのだろう。
合図のようなかけ声を隣にたたずんでいる人物へと投げかけた…のだったが。
「いつの間にあんなとこ行ってんだ、あいつは…」
つい先ほどまでは隣にいたはずのの姿を、かなり遠く──子ども達が遊びに興じていた沢の辺りに見出してがっくりと肩を落とす。
「おーい、!」
「ああ、ギンコ。どうした、大声を出して」
「どうしたじゃねえよ」
声を張らずとも通じるところまで歩みを進めて足を止めたギンコの、いきなりいなくなったら普通は驚くだろう、との苦笑混じりの弁に。
妙に納得したような面持ちで一つ頷いてみせたの様子からは、普段一人で旅を続けているが故の自由さが見事に垣間見えたのか。
同道することまだ日が浅いとは言え、既に幾度か経験済みの彼女の行動に再び肩を落としかけたギンコは、あきらめの表情を浮かべた後、気を取り直すようにたばこの煙を吐き出すと家が建ち並ぶ方角を指し示した。
「そろそろ宿、取らねえと」
「そうか。そうだな…」
「ん?何かやけに歯切れが悪いな」
「いや、ちょっと気になってな」
ギンコの提案に返された答えは、前半分だけ明快で。
しかし、後ろ半分の言葉が彼女の口をついて出る間もなく、一瞬だけ合った視線は気がつけば再び宙や下の方へと揺れ動いている。
「何がだよ?」
問いかけるよりも早く、再びの視線を追ったギンコはまず、先ほどよりも格段にその数を増やした蛍の光へと目をとめ。
「ホタルブクロに蛍が入り込んでいるんだ」
彼女の言葉が耳に滑り込むのとほぼ同時に、幻想的とも異様ともつかない光景を目の当たりにしていた。
2015.7.9