大きな風が開け放たれた縁側から強く吹き込んだ。
「悪い。そっち、いっちまったか?」
得られる効能を考えれば一概には身体に害をなす物ではないとは言え、気がつけばいつも自分から一定の距離が保たれている煙を、勢いよく吸い込んでしまったがむせ返っている。
「ううん、大丈夫」
「すまんな」
「いいって。大体、ギンコのせいじゃないもの」
慌てて戸を閉め風を遮ったギンコがの背中をさすり、苦しそうな呼吸が普段と変わらない物へと変わっていくのを見守るとホッとしたように息をついた。
「それにね」
「ん?」
轟々と。
いたずらに煙を舞上げた風はいつの間にか、なりを潜めたようだ。
静けさの戻った部屋の中でかすれた声を聞き取ったギンコは、一呼吸置いてさらに言葉を紡ごうとする気配を感じ取り、くわえていた煙草を手に移して耳を寄せる。
「ちょっとだけ得した気分」
「なんだそりゃ」
訳が分からんと首をかしげる姿に、はくすりと笑みを浮かべると、すぐそばまで来ていた頭をそっと抱え込む。
不意に抱え込まれ身じろいだギンコに、間もなく告げられたのは短い言葉。
その言葉を実践するかのように大きく息を吸い込むといくつかの香りが鼻腔をかすかに刺激する。
清潔に保たれた着物や畑仕事に従事する者の身体に染みついた土や草の香り。
そして。
「だって」
彼女が常に身に纏っている香りの中にほのかに混じるのは、自身がよく親しむ煙草の香り。
「この香り…すごく近くに、一緒にいる気がするもの」
「…ま、ほどほどにな」
「うん」
言わんとするところを解したギンコが、心底嬉しそうな声音に水を差すいわれもなく。
ごくごく近い互いの距離に、ますます強く香りが移っていくことは時間の問題。
2009.6.27