ましろ



その日は朝から霧が出ていた。
濃霧と称して、なんら差し支えないほどの白い外気。
こんな日に出かけると馴染んだ道でさえ迷うかも、と心の中で嘯いたのはいくらか前の話。

常であれば日が昇ると共に晴れていく霧も、今日は少しばかり事情が違うようで。
もう、昼前だというのに未だ見通しの悪い視界は、ごく近い距離を除いて白一色に塗りつぶされているようにさえ思わせる。


「白は好きだから…平気だもんね」


人気が感じられない街道を、自分に言い聞かせるように呟いたは足早に歩みを進めながら、ふと息を呑んだ。

いつからだろうか。
さくさくと自分のものしか聞こえていなかったはずの道に、違う足音が混じり始めたのは。
後ろからではなく、前の方から聞こえる音は、ともすれば小走りになりがちなの耳に更に大きく入り込んでくる。


最初に足が見えた。
着物ではない衣服に身を包み、わらじでも草履でも下駄でもなく。
ここいらではあまり見ない、靴を履いた男性の足。


「ぉわ!?」


更に近づけば歩調に合わせてカタカタと少し硬質な何かが揺れる音がして、流れてきたのはふわりと懐かしさを覚える匂い。


「びっくりした…。いきなり飛びついてくんじゃねえよ…て」


その言葉の通り、無防備に下がる腕にしがみつけばその匂いは一段と強いものになった。
驚いて呆れて、今は不思議そうな声。


、か?」
「おかえり、ギンコ」


そして、呼ばれて顔を上げた先に見るのは。
白の中でも一番好きな、ましろ。