空色



表情が豊か。
…とはお世辞にも称しがたいが、ふとした瞬間に決まって顔を和ませる事を知ったのは、ごく最近の話で。


「可憐だな」
「ん?ああ、花か。なんて名だ?」
「知らん」
「…身も蓋もねえな…」


たとえばそれは、道ばたに咲く小さな花だったり。


「ああ、綺麗だ」
「あれはアゲハか?」
「だろう。例によって名は知らん」
「…しょうもない先手打つんじゃねえよ」
「お前がいちいち律儀に反応しては落胆してくれるからな。先んじて言っておけば受ける痛手も少なかろう」
「この場合、俺はお前に礼を言っておくべきなのか?」
「さあ」


たとえばそれは、鮮やかな翅を持つ蝶だったり。


「……」
「ああ、好きそうだな」


たとえばそれは、長く降り続いた雨が上がり薄墨で描いたみたいな重い雲が晴れて。


「…何がだ?」
「空。好きだろ、お前」


思わず足を止めて見とれてしまうほどに、まるで何事もなかったかのように大きくどこまでも広がる空だったりするわけで。


「よく分かったな」
「長く顔を突き合わせていると、案外分かりやすいもんだ」
「それはわたしが単純だと言うことか?」
「悔しいだろ」
「お前はまた随分と嬉しそうだ」


透き通るような明るい青色に、得てして素直な反応を示してしまうが、思った通りの悔しそうな顔で振り返る。
含んだ笑いをかみ殺してはみたものの、そうそう隠し通せるものではなかったらしい。


「まあそう膨れんなよ」
「好んで煽ったお前の言葉とも思えん」


いかにもわざとらしく憮然としてみせる姿に堪えきれず吹き出せば、つられるようにも笑顔を見せた。
そして、会話を交わす短い間だけ独占していた彼女の視線は空へと戻る。





その視線を取り戻そうとした、つもりがないとは言わないが。
呼ばれて再び振り返ったに手を握ったまま突き出すと、促されるままに掬う形に両手を合わせた。
時をほぼ同じくして彼女の手の上に青いかけらを落とす。


「これは…瑪瑙?こんなもの、一体いつ…」
「こないだの仕事の礼でな。その色はお前が好むと思ってもらっておいた」
「わたしに?」


空の色をぎゅっと凝縮して作られたような青い石を、覗き込むようにしげしげと眺めていたが驚いたように目を見開いた。
慌てて返そうと泳がせた視線は、とうにしまいこんだ両手を探し当てたところで動きを止める。
受け取るつもりはないという意思表示が伝わったのだろう。
路銀が尽きたときの足しにでもすればいい、などという言葉にすべて首を横に振ったところでようやく諦めたように石を握りしめた。


「好むものが筒抜けだったことは何とも面映ゆいが」


真っ直ぐと向けられた顔に浮かぶのは、これまでに見てきた空色に向けていたものよりもはるかに柔らかい表情で。


「うん?」
「ありがとう」
「ああ」


大事そうに空色の石を胸元へと収めるの姿を、思わず食い入るように眺め続けていた。