星に願いを



今日から明日へと日は移り、再び新しい時を刻む。

軒先につるした風鈴が時折揺れては清涼な音を周囲に響かせ、傍らに飾った七夕飾りもまた笹の葉をこすらせ静寂を拒んでいるかのようだ。
午前中にはぐずついていた空も、半日の間に晴れ上がり。


「うわあ…」


雲ひとつない夜空には無数の光が瞬き続けている。

大きいもの、小さいもの。
強いもの、弱いもの。

一つとして同じものなど見出せない星の中で一際強く存在感を示す星の群れ。


「きれいな天の川」


川を挟むようにして並び立つ二つの星が少しだけその距離を狭めたような錯覚に、は陶然と目を細めた。


「年に一度しかないこの日はお二人にとっていい日和、かな」


古くから伝わる話の人物達は今頃つかの間の逢瀬を楽しんでいるのだろうか、と埒もない想像を膨らませて微笑む。


「私にとってもいい日になればいいのにな」


さわさわと。
揺れる笹に目を落としたは、括り付けられた短冊をそっと指でなぞる。

真っ白なそれに願いを記す文字はない。

何よりも強く願う事を形にしてしまうと、叶わなかったことに対して過剰に落胆してしまうかもしれない、とは詭弁だろうか。
大きく吹いた風にさらわれて手からすり抜けていった短冊を見送って大きくため息をついた。


「いい日、なあ」


の気持ちが遠くに馳せられていたせいか。
ひっそりと極力音が立たないように踏まれた草の音に気づくことなく、重ねられた言葉に初めて目を見開く。


「それじゃ漠然としすぎて、叶うものも叶わないんじゃねえか?」
「………ギンコ…?」
「よお、


見間違えるはずもないであろう姿。
だが、自分が目の前にいるという実感を得られていないようなの表情に、ギンコは苦笑いを浮かべた。


「ちょっとあざと過ぎたか?」
「…そんなこと、ないよ」
「そうか」


少し頭をかいて、ひらひらと手を振って見せ、ひょいと肩をすくめたまま荷物を置いて隣に座り込む。

一連の行動を経た後にようやく、お帰り、との口から短い言葉が呟かれた。
しばし会話もなく、揺れる笹の音が再び辺りに響く。


「願いが…通じたのかな?」


手に取った短冊を裏返しては戻し、首を捻るギンコをじっと見つめていたが、浸透し始めた実感を証明するかのようにじんわりと笑みを深めていく。


「さあ、どうだろうな」


示し合わせたわけでもなく見上げた夜空の二つの星が、寄り添う二人を祝福するかのように強く瞬いた。