雪明り、灯明り。
ゆらゆらと揺らいでほのかに辺りを照らす明りが映し出すのは、寒空の下、縁に陣取る二つの人影と舞い落ちるものの影。
「美しいな」
吐く息を白く凍らせて片方がぽつりと漏らせば。
「ああ?」
もう片方は猪口についた雪を軽く吹いて飛ばす。
「花より団子ならぬ、雪より酒、か?」
「寒いんだよ」
可笑しげな響きを持ってからかうに、短く言い置いたギンコはぐいと一気に飲み干した。
「かれこれ半時は経ってるんだぞ?」
「お前に付き合えと強要した覚えはないが」
「その言い草はねえだろ」
「付き合ってくれと頼んだ覚えもないな」
「何も言い回しにケチをつけてんじゃねえよ」
「冗談だ。ただ、わたしのせいだとでも言いたげな口ぶりだったのでな」
正しておいて損はないだろう、と、すっかり冷めてしまった手元の酒を静かに揺らす。
さながら小さな月のごとく映り込んでいた灯篭の明りはたちまちの内に乱され、波打つ面を彩る光の群れとなった。
「ギンコ」
「何だよ」
「中に入っててくれてもわたしは構わないぞ?」
「今さらだろが。それに」
緩く弧を描くように揺らし続けていた猪口に無言のまま銚子を寄せられ、もようやく中味を空ける。
「お前が構わなくても俺が構うんだよ」
「難儀するな」
「性分でね」
「まあ、ひとりよりふたりの方がいいには違いない、…のか?」
「…俺に聞くなよ」
ギンコの呆れた声は咲き誇った梅の花びらと共に風に流されていく。
ひらひらと舞い落ちてくるのは雪か、花びらか。
季節の変わり目、幻想的な饗宴に、どちらからともなく笑顔がこぼれ表情が和らいだ。
「で」
互い違いの場所を映し出していた二対の目が同じ場所へと向けられ。
「何が美しいってんだ?」
逸れた話も元に戻される。
唐突な振りにが目を瞬かせたのはほんのちょっとの時間で。
「雪と花びら。薄明かりの中じゃ互いが互いを模しているように見えてな」
興味深い、と呟かれた声は陶然とした響きを宿す。
ひたすらに遠く高いところへと向けられる目が今、一体何を映し出しているのか。
その表情から汲み取ることはできない。
「惹かれすぎて」
「うん?」
「ある日突然消えちまう、ってのだけはやめてくれよな」
周囲に溶け込んでしまいそうなほど静かな横顔が言わせたのだろうか。
冗談とも本気ともつかない言葉はの顔をギンコの方へと向けさせることに成功した。
「お前にそれを言われるとはな」
「悪いかよ」
「いいや?ただ、生憎とわたしが人の世から去る道理はない」
「…。こういうときぐらい素直に頷くとかできんか?」
「性分でな」
彼女を遠くに感じた錯覚は霧散し、最後の酒も二人の猪口から消え去ったことで、ささやかな宴は幕を…。
「さて、と」
否。
「温かい場所で飲みなおすとするかね」
「まだ飲む気か?」
「言ったろ、寒いんだよってな」
場所を変え、まだまだ続くようだ。
間も無く静かに障子が閉められると、縁にはわずかな灯りが漏れるばかりとなる。
雪明り。
雪と花は、未だしんしんと咲き乱れ。
2006.03.07