とある昼下がり。
「ああ、そう言えばな…」
「うん?」
カタ、カタカタカタ。
しとしとと降り続いていた雨も上がり、雲間から差し込んだ日差しにのんびりと日向ぼっこを楽しんでいた二人の会話を遮ったのは、荷物の引き出しに納められたウロさんが書簡の到着を知らせる音だった。
「悪い。ちょっと待っててくれ」
「うん」
短く断って取り出した書簡へと目を落とし始めたギンコを、言われるままに大人しく待っていたは。
「ねえ、ギンコ」
ちょっと、というにはいささか長い時間が経過するに至って、痺れを切らしたように口を開く。
「んー?」
「お仕事、まだかかる?」
「んー」
「じゃ、私も先に用事済ませようかな」
「んー」
荷物の中味をひっくり返す勢いで様々な道具を引っ張り出し没頭している姿とおざなりな返事に、そっと微笑むと静かに場を外した。
「なあ、」
妙に難しい面持ちのギンコが顔を覗かせたのは、一時ほど経った後のこと。
「どうしたの?」
「いや、別に大したことじゃないんだが…」
「?」
歯切れの悪い物言いには手を止めて向き直る。
しきりに首を傾げる様子に、次に紡がれる言葉を待つ側も思わず何事かと首を傾げて見せた。
「俺、さっき何か言いかけてなかったか?」
「さっき?」
「仕事入る前だよ」
「ああ」
指先で頬を掻く仕草を眺めていたが、得心したように頷いて。
「言いかけてたね」
「何て?」
「え?…えっと。そう言えば、で終わったみたいだったけど」
「だよなあ」
詰問されているような勢いに、それがどうしたの?と問いかけを含んだ視線には、この上もなく深いため息が返された。
「何を言いたかったのか忘れちまってさ」
「…あらあら」
一瞬の間を置いて、気の毒がるというよりもむしろ面白がる表情を浮かべては止めていた手を再び動かし始める。
「さっきから気になってるんだが…」
「気持ちは分かるけど、そればっかりはどうしようもないわ」
「そう言わずに。何かねえかな?」
「私が知るわけないでしょう?」
「そこを何とか」
「無理ですってば」
ギンコの方はというと、どうにも釈然としない感が強いらしく。
何かきっかけを掴もうと食い下がるが、彼女の言葉どおり、頭をつき合わせて考えてどうこうできるような問題でもない。
「に教えたら喜ぶと思ったことだけ覚えてるなんてなあ…」
諦めきれない様子でしばらく粘ったギンコは、ブツブツと呟きつつ障子の向こうへと姿を消し。
「………私が喜ぶって、なんのこと…?」
はすっきりしない感覚と共に一人残された。
この後、果たしてギンコが忘れてしまった「何か」を思い出すことができたのか否か、真偽の程は定かではないが。
「ね、ギンコ」
「ん?」
「さっきの思い出せた?」
「ああ…あれはもう諦めた」
片方が諦めれば。
「どうして!?」
「どうにも思い出せそうにないしな。その内何かの拍子にでも出てくるだろ」
「そんなのだめよ。気になるじゃない」
片方が話を蒸し返し。
「いや、俺はもういいや」
「私はよくないの!私が喜ぶって、なんなの!?」
「んー…」
しばらくの間、二人の間で不毛なやり取りがくり返し交わされたことだけは確かなことだとか。
2006.02.13