「どんぐりころころ」
さくさくと落ち葉を踏む音に重なる歌声。
「どんぶりこ、だね」
袂を押さえて水溜りに浮かぶクヌギの実を掬い上げたは、幾度か手のひらの上でころころと転がしそっと傍の落ち葉へと乗せかえる。
「お山が恋しいと泣く前に、お池から逃げてしまおうね」
刻々と鮮やかな色を披露しにぎわっていた山も、すっかり落ち着いた様相へと変わり果ててしまった。
そう、冬の色へと。
「あっちの色も好きだけど」
冷たい風が通り過ぎては、足元の葉をひらひらと舞い躍らせる。
軽く身をすくめ、再びゆっくりと歩み始めたが重く垂れ込めた空を振り仰ぎ。
「こっちの色の方が好きだなあ」
ふわりふわり、と。
音もなく落ちてきた白い雪を受け止める。
今はまだ、落ちてまもなく消え去ってしまう雪も、いつしか辺り一面を白銀で覆い尽くすようになるだろう。
冷たいようでいて、無性に心を惹きつける色。
今頃、くしゃみでもしているのではないだろうか、と。
目の前にはないものを思い浮かべてはくすりと微笑んだ。
「上ばっか見て歩いてっと転んじまうぞ」
「…え?」
「まあ、今なら俺が支えてやれるからいいけどな」
かけられた声にはっとしたがくゆる紫煙を辿り、両の目に映し出したのは雪と変わらぬ白い色。
「ギンコ?」
「まるで狐につままれたような顔だな、」
揺れて戻って。
呆けたように、ただその髪をじっと眺める姿に、ギンコは面白そうな表情を浮かべ目を細めた。
「…驚かない方がどうかしてると思うけど」
「そりゃそうだ」
「人の驚いた顔を見て喜ぶなんて、あまり趣味がいいとは言えないわ」
「そう言うなって」
目と目を合わせて得られた了解とほぼ同時に、やり取りは悪戯な口調へと変わる。
「家に寄ってもお前はいねえし。探してみりゃこんなところでぼんやりしてっから、ちょっと驚かせてやろうと思ってな」
「ギンコが来るって分かってたなら家を空けたりはしなかったのだけれど」
どだい無理な話よね、と肩をすくめて見せたはおもむろにギンコの髪へと手を伸ばし撫でる。
指の間に挟みこまれた髪が、その動きに合わせすり抜けては元の場所へと戻り。
「何だよ?」
「ううん、なんでもない」
「何でもなくはねえだろ」
訳の分からないままのために身をかがめていたギンコが、怪訝な面持ちで手を取り遮った。
「なんでもないったら。…ただ」
「ただ?」
「やっぱりこっちの色が好きだなあって思っただけ」
冷え切った手と手が合わさって、やがてじんわりと熱を帯びていく。
「何だそりゃ」
「ふふ、こっちの話」
「だからそれを教えろよ」
「いやよ」
「いいじゃねえか、減るもんじゃなし」
「いやですってば」
先の見えない問答を続けながら、繋いだ手をそのままに連れ立って家路を辿る。
しんしんと積もり始めた雪が、やがて冬の色へと塗り替えてしまうであろう山を後にして。
2005.12.14