ゆらゆら



ゆらゆら、ゆらゆらと。


人の肌では感じ得ない微弱な風に揺られ、白く凝り出てきては薄く広がり消えて行く。
穴があくほど見つめられているようにも微妙にずれているようにも感じられるどっちつかずな視線に、もぞもぞと身体を揺らせたギンコは空咳を一つ。


「…さっきから何見てんだ?」


下、上、下、上。


「煙」
「はあ」


ぺたりと真横に座り込んで、頭だけ軽く上下運動を繰り返すは端的に一言だけ言葉を返し。


「煙草」
「そうかい」
「あと、手、かな」


さすがにそれだけじゃ足りないと自覚したのか、二つ三つと単語を重ねていく。
果たしてそのささやかな配慮が理解の一助となっているかどうかは、口を半開きの状態で固まり続けるギンコの姿から推して知るべしといったところか。


「そんなもんじーっと見てて楽しいか?」
「楽しいよ」
「……」


ふと我に返ったギンコは落ちかけた灰を慌てて囲炉裏に落とすと、煙と共にため息を吐き出し。


「その内、観察日記でもつけ始めそうな勢いだな、オイ」
「あ、それいい…」
「ちっともよかねえよ」
「そう?」


それ以上何かを話すでもなく、再び上下運動に戻ったを横目で眺めては天を仰ぐ。

こうなってしまっては満足するまで好きにさせておくしか他はない。
ギンコは諦めたように長丁場の構えで立てた膝に頬杖をついた。


「離れている時間が長いから…」
「あ?」


煙草が後わずかで替え時というところでおもむろに発せられるの声。


「よくよく考えてみたら、投影しやすいものを日頃から眺めるくせってついちゃってるみたい」


たき火してるときとかお風呂沸かしてるときとか、と指折り数え、ようやく煙から視線を外す。


「…煙も俺の一部だってのか?」
「だって、ギンコの姿を思い浮かべようとするとほとんどが煙草をふかしている姿だし」
「まあ…そりゃそうか」


天井にたまっては薄れ消えていく煙の行方を見送って、ギンコは残った火をねじ消した。


「そんなら」
「?」
「本物が目の前にいるときぐらい、本体の方に目を向けてみるってのはどーかね」
「それもそうね」


茶化した口調の中にも本音を感じ取ったがくすりと微笑んで頷く。


ゆらゆら、ゆらゆらと。


新しく立ち上った煙に。
視線が向けられることはなくなったらしい、とある日の一幕。