フカイモリ



今日はいつにも増して妙なモノたちが見えて。


「どこへ行こう…」


とうとう私は、居場所を失った。


小さな、とても小さな。
外界から隔絶された山奥、訪れる人など生まれてこの方数えるぐらいにしか見たこともないほどの僻地に私の村はある。

閉塞された土地柄に開放的な思考力などそうそう望めるはずもなく。
幼い頃から他の人には見えない不思議なモノが見えていた私は、ごく自然に距離をおかれる立場にあった。

唯一の理解者だった両親とは先日死に別れ。
追い立てられるままに、今ここに至る。


「…ちくしょう」


自分たちの常識の範疇を超えたもの。
それを追い出せたことに今頃村の連中は諸手を挙げて喜んでいるのだろう。
不可思議な現象を漏れ聞いて、わけも分からない恐怖を覚えることもなくさぞかし安堵を覚えていることだろう。


アレらを私がよんだわけじゃないのに。
私がいなくなったからって、アレらがいなくなることなんてないのに。


「バカバカしい」


毒づいたところで、誰に届くわけでもない。
ただ空しさが募るだけ。

獣の気配すらろくに感じられない場所を行くあてもなく足の向くまま黙々と歩き続ける。
さくさくと折り重なった葉を踏む音は物悲しく周囲に響いて延々と続き。


『あんた、ソレが見えるのか?』


不意に自分のものではない声が脳裏によみがえる。

姿がとても印象的な人物だった。
十日程前にふらりと村を訪れて私の視線の先にあるものを言い当て。


『ずいぶんと見える性質みたいだな』


同情でもなく憐れみでもなく、全てを見透かしたようにただ苦い笑みを浮かべていた。
名は、確か…。


「おーい」
「?」


いつから考え事に没頭してしまったのか。
一つしかなかった足音は複数の足音にかき消され。


「おお、やっと止まったな」


足を止めた私の前には一人の男が回りこんできた。
簡素な衣服を身に纏い多すぎも少なすぎもしない荷物を抱え、穏やかな笑みを浮かべた姿が妙に胸をつく。
他人から向けられる笑顔とはこうも温かいものなのか。
こんな当たり前のことも知らない自分に情けなさを通り越して笑いがこみ上げてくる。


「…なにか、用?」
「この辺に村があるって聞いてきたんだけどさァ」


現在地は多分ここら辺な、と紙切れを懐から出して私へと向ける。
言葉から察するにこの辺の地図なのだろうが、見事に山の記述しかないそれはもはや地図の意味を成していない。


「村ならあっち」


男の後ろにも控えている人たちにも分かるように、来た方を指差してやる。


「でも、よそ者が歓迎されるような場所じゃないわよ」
「あんた、村の人?」
「…元、ね」


含んだ苦い思いを汲み取ったのか。
二言三言、こちらには分からない程度に話していたかと思うと、再びこちらに向き直った。


「村に頭の白いヤツが来たことあるだろう?」
「…ああ、来たよ。それが?」
「そいつに話を聞いてオレらここに来たんだが」


そう。


『俺は蟲師の…』


名は、確か…。


「ギンコ、だっけ」
「てことは、やっぱりあんたが、だな?」
「………そうだけど」


名を挙げた途端、待っていたと言わんばかりに呼ばれて。
驚くと同時に今さらながらに警戒心がわく。


「俺はワタリのイサザ。仲間になりそうなやつがいるから機会があったら寄ってやれって言われてきたのはいいが迷ってなァ」
「仲間?」
「ギンコから俺らのことは聞いたんだろ?」
「少しは」


『あんたみたいのが身を寄せ合って旅してる連中がいるんだが。なんなら話だけでも通しておくか?』


「あてのない旅になるが。どうだい?」


突飛だけど、身寄りもなく行くあてのない私には願ってもない申し出。
にこにこと答えを待つイサザに、小さく頷いて意を伝える。


「じゃあこれからよろしくな、


深い森の中で。
全てをなくしたはずの私は、やっと居場所を手に入れられたのかもしれない。