あてどもなく。
連れ合ってきた場所は既にはっきりと寒さを感じられる山あい。
溶ける間もなくまた積もるのか。
踏み出した足が沈む程度には雪が積もっている。
さくさくと踏み締め軋む音が聞こえるほかはいたって静かなもので、黙々と歩みを進めていたがふと口を開いた。
「ギンコ、雪だ」
「ん?ああ、そうだな」
今さらのように告げられた内容に、驚いた様子もなくギンコが受け流す。
が、その反応はの気に入るものではなかったらしく。
「だから、ギンコ。雪だ」
「大分北上してきたからな、そりゃ雪もあるだろうぜ」
「いや、そうではなく」
「じゃあ何だ?んなもん見りゃ分かんだろ?」
先ほどより強い調子で繰り返し、かみ合わない会話にお互い怪訝な表情を浮かべている。
「何をいきなり…」
埒が明かないと感じたのか。
ギンコが真面目くさった面持ちのへと顔を向けたとき、場違いではないが違和感のあるものが視界の隅に映りこむ。
いつからあったのか。
気がついてみれば、ずいぶんと大きく立派に成長しているようで。
「だから、雪が追いかけてきてると言っている」
ゴゴゴゴゴ、という音と共に人の腰ほどもある雪玉がそこにはあった。
「聞いてねえし!」
「だから、雪だと…」
「はしょりすぎだろが!」
そんなんで分かるか!と会話に区切りがついたのを機に、ほぼ同時に走り出す。
なだらかな下り坂が果たしていいことなのか悪いことなのか。
走りやすさを得る代わりに、雪玉も順調にその姿を肥大化させていった。
「見事だ」
さすがに息を切らせながらも、口調は変わらず平静そのものなが感慨深げにつぶやいた。
「何が」
「この辺には木がないからまっすぐ我々を目指してやってきているな」
「、お前な…」
見渡す限りの白い平原。
里が近いらしく人の手が入ったこの辺りは伐採が進み拓かれている。
「ちったあ焦りやがれ」
「善処はしよう」
口をせわしなく動かしている間にも、もちろんかける足は止めず。
蛇行したり速度を上げたりしてかわそうとしているようだが、期待した成果は得られないまま時だけが過ぎる。
「なあ、ギンコ」
「んあ?」
無駄口をやめ、しばらくは黙ったまま走っていたが再びギンコへ話しかけたときには、雪玉は人の背丈ほどの大きさへと姿を変えていて。
さしもの二人もぎょっとしたように足を速めた。
「一緒に同じ方向へ走っていても意味がないと思わないか?」
「…つまり?」
「二手に分かれよう」
きっぱりと言い切ったに賛同も異論も唱えぬまま、ギンコはじとりと見やる。
「で、お前だけアレから逃れようって寸法か?」
「ありていに言ってしまえばそうなる」
どうせぶつかるのであれば、小さいものよりも大きいものを。
実際に確認されているわけではないが確率としては高そうな憶測だ。
となると、よりは上背のあるギンコのほうが狙われる確率のが高いのかもしれない。
「鬼か、お前は」
「鬼で結構。お前の蟲事情にいちいち付き合ってたら身が持たん」
「俺のせいかよ」
じゃあ私はこれで、と右へ一歩踏み出そうとしたの荷物をギンコはむんずと掴んで。
簡単には逃げられないように、次いで腕をも捉える。
「なにを…」
「まあそういうなよ。旅は道連れって言うだろ」
「言いたくない」
「諦めろ。今さらどうこうなるもんでもないさ」
「お前が手を離してくれればまだどうにかなる」
「やなこった」
がっくりと肩を落として哀愁を帯びた先ほどまでの態度はどこへやら。
ようやく焦りを見せたに満足げにほくそえんだギンコは、変わらずまっすぐと進路を取る。
逃げ切れるのが先か、追いつかれるのが先か。
それは麓の里人が全身雪まみれになった二人組の男女を見つけるまでは分からない先行き。
2005.10.18