「頭領、ちょっといいですか？」
「お、ちゃんか」
「わあ…きれい」


お話が、と続けかけたは、座卓の上に広げられた菓子に目をとめ輝かせる。


「いいところにきたね。まあ、こっちに来て座りなよ」
「あ、ハイ。失礼します」


時節を取り入れた期間限定の品なのだろうか。
箱の中に整然と並べられた小さな干菓子は、色も形も桜の花を象って作られているようだ。


「新しいお茶を試しているところなんだ。君もどう？」
「いいんですか？」
「駄目なら最初から誘わないんじゃないかな」
「ですね」


選択の余地がある台詞とは裏腹に、正守の手は座卓の上に新しい湯飲みを置いて既に茶を注ぎ始めている。
その様を面白そうに眺め音もなく笑ったは、あえてそれを追求することなく正守の対面へと腰を下ろした。


「どうだい？」


甘い甘い干菓子は、口に含むと同時に溶けて形を失くし。
少し苦味のあるお茶は、干菓子を程よい甘さへと導いてなお風味を増していく。


「おいしいです」
「どっちが？」
「もちろん、両方」
「だよなあ」


茶を片手に、のんびりとした空気の中で交わされるたわいもない談笑は、尽きる所を知らないらしい。


「でさ」
「ハイ？」
「俺に話って、何なの？」


が、さすがと言うべきか。
当初の目的を忘れつい話に花を咲かせるを唐突に現実に引き戻したのは、他でもない、同じく話に興じていたはずの正守自身だった。


「あ、そうそう亜十羅さんから伝言なんですけど！」
「うん」
「伝言、なんですけど…」
「うん？」


問われて思い出したらしいは大きく頷いてみせると、最初は勢い良く、次は何故か語尾を濁して。


「ヤバイです、頭領」
「何が？」


湯飲みを両手に抱え込んだまま伝言を口にしかけて、さっと、顔色を見事なまでの青へと変化させる。


「…伝言、忘れちゃいました！」
「あらら」
「ど、どうしましょう？頭領」
「そう言われても、俺にはどうにもしてやれないなあ」


つい先ほどまでの穏やかな静けさはどこへやら。


「そんなあ…助けてくださいよー！」
「ホラ。立場上、ちゃんだけ贔屓するわけにはいかないでしょ」
「とか何とか言って、楽しんでるだけじゃないですか！」
「ハハハ」
「ハハハじゃなーい！」


がくがくがく、と。
縋られても揺さぶられても頼み込まれても、のらりくらりとかわして態度を変えない正守の笑い声と、取り乱しきったの悲鳴のような声が部屋の中に響き渡る。

無駄を悟って部屋を飛び出していったが、果たしてどういう言い訳を携えて亜十羅の下へと赴くのか。


「ちょっと見に行ってみるか」


まず間違いなく亜十羅から何らかの教育指導がなされるであろう状況に。
一人、笑いをこらえることなく立ち上がり、野次馬よろしく正守もを追って部屋を後にした。


春うららな日の、うららか過ぎる気分にはくれぐれもご注意を。