手を繋いで



年に一度、開催される地元ではちょっと大きな花火大会。


「…こんなはずじゃなかったんだけどなあ…」


渋るアオイに、お願いと言うよりはほぼ泣き落としに近い勢いで頼み込んで一緒に出かける約束を取り付けた、まではよかったのだが。

肝心の当日。
朝から空はどんよりと曇りいつ振り出してもおかしくない閉塞感と蒸し暑さを演出し続け、折角の機会だからと、この日のために新調した浴衣は先を行くアオイとの距離を広げるばかり。


「あの、さ…」
「…何?」
「あ、うん。やっぱ、なんでもない」


不機嫌ではなさそうなものの、普段よりも言葉少なめなアオイにつられるようにしてとぼとぼと歩いていたは、頬に感じる冷たい感触にふと我に返る。


「うっそお」


指先で拭い取るまでもなく次々にぽつぽつ降り落ちてくる滴に、誤ることなく状況を察して天を振り仰いだ。


「なんかもう最悪。…ね、アオイ…」


帰ろっか、と告げかけた言葉は行き場をなくして、息を呑む小さな音へと変わり消える。


「アオイ?」


つい先ほどまで確かに前に見えていた後姿はなく、どんなに見回しても目に映るのは大勢の知らない人たち。

元より遅れがちだった自分が人の波に紛れて逸れてしまったらしい、と。
が認識するには十分な状況だったらしく、何故か圏外を知らせる携帯を手にがっくりと肩を落とした。

雨露をしのぐ場所などあるはずもなく当てもなくただ人ごみを掻き分け突き進めば、水気と他人との接触を受けて、青味の強い綺麗な紺色だった浴衣が暗くくたびれていくように感じる。


「怒ってるかな…」


こみ上げてくる不安と心細さ。


「無理やり誘っといてこんなんじゃ、誰だって怒るし呆れるよね…って、うわっ」


涙を流すまでには至らないものの、泣きたい気持ちのままため息を幾度となく漏らしながら再び歩き出そうとしたは、意志とは反して身動き取れない状況に危うくバランスを崩しかけるも事なきを得る。


ー…」
「…あれ?アオイ?」
「あれ、じゃないだろ」


ぎゅっと掴まれた肩に乗った手を眺め流れのままに顔を上げ先を辿ると、焦った様子で息を切らせているアオイの姿が映り込む。


「振り向いたらいないし、電話通じないし、雨降り出すし、人多いし」
「ご、ごめん…」
「ああ、いや。今のはただの愚痴」
「え?」


次々と飛び出す言葉に、目に見えて落ち込んでいくの様子に怪訝な表情を浮かべたアオイは、乱れていた呼吸を整えるためにか、大きく息を吐き出した。


のことだから、こんなところにいたらすぐに逸れるだろうなんてことは分かりきってたのにさ」


人の多さと雰囲気につい呑まれちゃったんだな、などと肩をすくめてみせるアオイに、は様子を窺うように覗き込む。


「あの…怒って、ないの?」
「どうして?怒ったってしょうがないんじゃない?」
「だって、逸れちゃったし。それに…」
「言っただろ?が迷子になる可能性なんて数えたらキリがないよ」
「う…」


決して、嘘をついているようでも誤魔化しているようでもないようだ。
当然とばかりに出た台詞は決して諸手をあげて喜べる内容ではなかったようだったが、はやっと安心したように小さく微笑む。


「むしろ事前に手を打っておかなかったことの方が問題」
「手?」
「手。だから、ハイ」


その様子を知ってか知らずか。
あくまでもマイペースに話を続けるアオイは、訳もわからずつられて差し出したの手を、簡単には外れてしまわない程の強さで握り締めた。


「ほら、向こう行くよ。ここじゃあんまり良く見えないし」
「…うん!」


繋いだ手が心持ち熱く感じるのは夏の気温のせいか、はたまたその他に理由があるのか。
がしみじみと繋がれた手を眺める間もなくアオイが顔を前に向けて歩き出したため、判断しようもなかったが。


降り止まない雨の中。
高く上がった花火が大きく花開かせ、華やかな光が笑顔で眺める観客達の顔を明るく照らし出し。

そしてその中には勿論、楽しそうに笑いあうアオイとの姿があった。