嘘つき



二階の一室。
主なきその場所にはやはり人影などなく、中へと身を滑らせたは静かに息を吐く。

女王殺しの汚名を着せられた部屋の主は、もう随分と皆の前に姿を見せない。
そもそもここへ帰ってくる気があるかどうかすら危ぶまれる状況下にもかかわらず、は日に一度の訪問をやめるつもりはないようだ。

…だが。


「やっぱり、ね」


その顔に浮かぶのは諦念にも似た微笑。
そっと一つ頭を振ると、複雑な思いを吹き飛ばそうとするかのように閉め切られた窓を開け放つ。

水気を帯びた冷たい風が思うままに髪をさらい、またさらわれた当人もなされるがままに目を瞑りかけたとき。


「何が、やっぱりなんだ?」


不自然に風が途切れた。


「…びっくり」
「ああ?」


最初に与えられたのは背中の温もり。


「とうとう幻見るようになっちゃった」
「実体のある幻とはまた珍しいな」
「嫌味を軽く流さないでよ」
「ああ、すまん。嫌味だったとは気づかなかった」
「…嘘ばっかり」


次いで、ぐるりと回された手に連動して覆い被さる大柄な体がもたらす絶対的な拘束感。


「どうせまた出て行くんでしょ」


報告でも何でもすませてさっさと行っちゃってよ、などと。
向き合おうと催促する手に頑固なまでの抵抗を見せつつ繰り出された憎まれ口に、面白そうなゲオルグの笑いが重なる。


「もう、出ては行かんさ」
「嘘」
「信用ないな」
「あるとでも?」
「ないかもしれん」
「話になんない」


だが、と呟いた男は前を見続ける女のうなじに唇を落とし。


「信用を取り戻す努力は惜しまんぞ?」
「きっと無駄よ。諦めて」
「そうでもなさそうなんだが」
「ずるい」
「形振り構ってる場合でもないからな」


熱っぽい吐息と冷たい唇のギャップに女は悔しそうに小さく肩を揺らす。


「じゃあ、信じさせてみせてよ」
「…上等だ」


くるりと振り返ったの眦に光るものを見いだしたゲオルグは、強気な言葉とは裏腹に触れ合ってからずっと小刻みに震え続けていた体を強く抱きしめた。