遊ぼう



閑静な住宅地の昼下がり。
元気に遊ぶ子供たちの声が遠くに聞こえるほかは、せいぜい自然の音か、時折行きかう車の音が聞こえる程度の静けさを保っている。

自室にてのんびりとしたひと時を楽しむも例外ではなく。
窓際に据えた椅子へ深く体を預けたまま、ぼんやりと景色を眺めていた。

が。
そんな静かなはずの空間にも、例外はやってくるようで。


バキ


「?」


まどろみかけていたが怪訝そうにつぶやいて耳を澄ます。


「幻聴、ではないようだけど…」


一定間隔に音がだんだん近づいてきている事実と。
何故かそのたびに階下で発生している住人達の悲鳴とも怒号とも判断つけかねる声の数々が何よりの証拠、といったところか。

9度目の音が聞こえた後まもなく、部屋の前に誰かが佇む気配には椅子から頭を離しドアへと視線を固定する。
『誰?』と投げつける言葉よりも一足早く。


バキッ!


盛大な音が部屋中に鳴り響いた。


「………」


ドアとノブが理不尽な別れを強いられる様を見て取ったが、音の正体に答えを見出す。
そりゃ悲鳴のひとつやふたつぐらい起きるわ、と怒りを通り越し呆れた面持ちのまま騒ぎの犯人へと目をやった。


妙に記憶に新しい、黒い装束と銀色の髪。


「おー、いたいた」


だが、嬉しそうに手を振る短髪の男には見覚えがないらしく、は軽く眉をひそめる。


「探したぜ、。まっさか一番上にいるとは聞いてなかったからなあ」


物珍しげに部屋の中を見回す男に。


「ちょっと、そこのあなた」


は大きくため息をつく。


「あ?」
「あなたがあたしを知ってる理由はおおよそ察しがつくけど、あたしはあなたを知らないから」
「おう」


とりあえずは聞く体勢になった男に、じろりと睨みをきかせ。


「名を名乗れ」


ふたりの間に少しだけ冷たい風が吹いた。




「なんだよ、カダージュから聞いてなかったのかよ?」
「知りません聞いてません」
「ロッズだよ、ロッズ。覚えた?」
「1回聞けばわかるっての」


名を名乗るよう要求されてドアの外でいきなり泣き始めたロッズはを慌てさせるという状況を作り出し、狙ったわけではないのだろうが、首尾よく室内へと招き入れられるに至る。

ベッドに腰を下ろし不満げに自己主張するロッズと、椅子へと戻り、負けず劣らず憮然とした
その手にはロッズから奪い戻した、見るも無残なドアノブがおさまっている。


「で、あなたはなんの用があってここに来たの?」


いつかと同じような質問のくり返し。
そんなことは知る由もないのか、それともどうでもいいのか。
興奮したかのように左足を景気よく叩いた。


「おう、それな!」
「そうそう、それ。さっさと言って」


壊されたドアの恨みか、自然と対応が冷たくなっているの態度を気にした様子も見せずロッズは意気込んで目を輝かせ。


「遊ぼうぜ」


と、一言のたまった。


「遊ぶ?」
「そう、遊ぼう」
「なぜに?」


このときばかりは恨みも嫌味もなく、きょとんとしたに。
ロッズは再び不満顔を復活させる。


「カダージュとは遊んだんだろ?」
「アレを『遊んだ』というのであればそうなるんじゃない?」
「カダージュだけずるい。オレとも遊ぼう」


遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう、と。
駄々をこねるが如く連呼し始めたロッズをまじまじと観察したが、相手に分からない程度の笑みを浮かべ、手にあったドアノブをそっとサイドテーブルへと乗せた。


「いいわよ」
「ホントか?」
「ええ」


短く頷いて、引っ掛かりを失い半開きになっていたドアを大きく開き。


「なにして遊ぶか、決めてあるの?」
「いや、まだ決めてねえ!何して遊ぶ?」


あからさまにそわそわし始めたロッズの肩に手をぽんと乗せる。


「じゃあ、プロレスごっこなんてどう?」
「いいぜ!でもオレ、手加減なんてしねえからな!」
「そう、それは良かった」


場所を変えようともせず、その場で構えを取ろうとするロッズに。
今度はあえて分からせるように、がにっこりと微笑む。


「じゃ、そういうことで」
「は?」


若干かがんでつかみやすくなっていた襟首を、有無も言わさずに引っ張ったが思いっきりよく身体をひねらせると。


「おおお!?」


その行動をまったく予測できていなかったロッズが引っ張られるままに身体を宙に浮かせ。


「今度来るときは、人んちの訪ね方を勉強してからいらっしゃい!!」


一回転してドアへと向き直ったの手から開放されたロッズは、弧を描くことなく踊り場へと放り出された。
空中で受身は取れていたようだが、さすがに勢いを殺すことはできなかったらしくコロコロと数回転がって止まる。
やっとの思いで立ち上がり、再度入室しようとしたロッズを遮るのはいつの間にか出現していた氷の壁。


ー!?」
「壊して入ろうとしたら今後一切遊んであげないよ?」


ガンガンと、力任せに叩いてヒビを入れかけたロッズはその一言で動きを止め、は満足そうに微笑む。
そして当然といえば当然か。
残念ながらロッズの泣き落としは、二度続けては成功しなかったとか。