Fallen?



珍しく定時で上がることが出来ず、日も落ちて薄暗くなった時間帯に会社を出たが、夕食はもう簡単に外食で済ませようと路地裏に足を踏み入れたとき。


「つくづく間の悪い奴だ」
「え?………ええっ!?」


よく見知った人影と、見覚えのないたくさんの人影が対峙している場面に行き会って、否応なしに足が止まる。


「つくづくってどういう…、あ」


ちらりと顔だけを振り向かせたセフィロスが、余りにも事も無げに泰然としていたからかも知れない。
笑み含んだからかうような物言いに一瞬首を傾げたが、そう遠くない過去の記憶に触れて苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そうでした。大人げない人に初対面で八つ当たりされたんでした」
「失念するぐらいなら、別にいいんじゃないか?」
「良くない!」


対峙しているとは言っても、数的バランスを欠いているせいかセフィロスがその他大勢に取り囲まれつつある状況で。
緊張感なく会話を続けている間に、いつの間にか自分もその人垣の中に閉じ込められていたことを遅ればせながら悟ったは、慌ててセフィロスの傍へと駆け寄って身をすくめる。


「ど、どうしようセフィロス!あたしまで閉じ込められちゃった!」
「まあ…あれだけ悠長に俺と話してたらな」
「えー、あたし関係ないのに!」
「知るか」


一応、簡潔になされたセフィロスの説明によると、要は以前に任務に当たった先で壊滅させたウータイの一派の生き残りのようだ。
夜陰に紛れて奇襲をかけていた最中に、どうやらは見事に行き会ってしまった、と。

じり、と動きを見せた包囲網には再び身を縮ませ。



「は、はい!?」
「そこから一歩も動くなよ。邪魔だ」
「でででもあたし、こんなところにいたく…」
「ついでに切られたいなら勝手に動け」
「もう微動だにしません」


セフィロスの物言いに反発したのか、さすがに空気を読んだのかは判断つかないが。
自身の言葉通り、肩にかけていたバッグを胸の前でぎゅっと抱きしめて覚悟を決めたらしいの姿を一瞥したセフィロスはニヤリと笑って初めて正宗を構える。


「良い心がけだ」


言うや否やの正面にいたはずの黒い人影が消えて、キョロキョロと周囲を伺うことも出来ずにいる間に、方々から剣戟の音と悲鳴の声だけが耳に飛び込んでくる。


「うわっ!」


どのくらいの時間が経ったのか。
不意にの鼻先をかすめるように飛んでいったナイフが放たれたとおぼしき場所から悲鳴が聞こえたかと思うと、不自然なぐらいの静寂が周囲に広がり、ややあってその場所からゆっくりとセフィロスが姿を現した。


「…終わ、った…?」
「ああ」
「良かったあ…」


しっかりと確認を取るまでは安心できなかったのだろう。
セフィロスが頷くのを見たは青ざめながらも、はあ、と大きく息を吐き出しその場にへたり込む。


「ぐずぐず言ってたわりには大人しくしていたな」
「あたしだって命は惜しいし」


面白がるようなセフィロスの様子にムッとして返したは、その間にも二度三度と深呼吸を繰り返し。
とりあえずは少し落ち着くのを見計らっていたらしいセフィロスが、へたり込んだまま動こうとしないの目の前に手をさしのべた。


「こいつらで全部とは限らん。とにかく移動するぞ」
「…移動ですか…」
「…?何か不都合でもあるのか?」
「えっと…」


この場合、どう考えてもセフィロスの判断の方が正しい。
それはいくら荒事に縁がないでも、きちんと理解できているはずのこと。
にもかかわらず、さしのべられた手を取ることを躊躇してみせたは理由を問われ渋々と口を開く。


「今ので腰が抜けた…みたいなんだけど」


さっきから足に力を入れようとしているのにちっとも入らない、と。
自主的に微動だにしない状況から不可抗力で出来ない状況へと陥って、セフィロスを恨めしげな目で見上げるに、セフィロスは大きなため息をついた。


「…手のかかる奴」
「こういう場面に遭遇したことないんだからしょうがないでしょ!」


あえて意識を向けないようにしているものの、暗がりの向こうには人垣のなれの果てが点在している状況下。
この場から一刻も早く逃げ出したい気持ちは誰よりも強いだろう。


「って。…え?」


焦る気持ちばかりが先行した様子で自分の足を叩いていたは、不意に重力を失って遠ざかりゆく地面を、混乱した頭で見送る。


自失した状態でも感じられる、背中と膝裏に与えられた自分以外のぬくもり。


「ぼうっとして荷物を落とすなよ」


至近距離で聞こえる声にギョッとして顔を上げれば、当然そこにはセフィロスの顔があって。


「な…!?」
「それと。さっきみたいに大人しくしてろ」
「大人しくって言ったって…!」
「荷物どころか、お前自身も落ちたいなら別だが」


直前までとは違う方向で焦り始めたに呆れた表情で釘を刺す。


「全力で静かにさせていただきますとも、ええ」


さすがに本当に落とすとは思っていないだろうが。
つい先ほどと似たようなやりとりを繰り返し、複雑な表情で押し黙ったを見下ろして笑ったセフィロスは、を抱え上げたまま足早にその場を後にする。



普段ではあり得ない目線の高さで、オートで流れていく景色を横目に眺めながら。
今度はドキドキと鳴り止まない鼓動を相手に気付かれないようにと、はバッグを胸元でぎゅっと抱きしめ続けていた。