「アンジールがまた犬遊びを始めたぞ」
たまたま出社時に顔を合わせたセフィロスが、話のついでに告げた言葉。
「え!?アンジールさん、また拾っちゃったの!?」
しかしそれは、にしてみれば青天の霹靂だったらしい。
文字通り目を点にしたまま見上げて先を促す視線に、セフィロスは肩をすくめる。
「まあ、そのようなものだ」
「じゃあまた里親募集しないと…」
「お前も大概お節介だな」
「すみませんねえ」
具体的な状況が分からないものの、既に先々の手順を模索し始めているらしい。
うーん、と。
難しい顔で考え事を始めたに、セフィロスの呆れた声が重なる。
「だが、今回はその心配はいらないだろう」
「どうして?」
「自分で聞いてみるといいさ」
自身の記憶をたぐるように一瞬空中を仰ぎ見たセフィロスは、軽く笑うと一旦へと視線を戻し。
それ以上の説明を試みることなく、ちょうど開いたエレベーターの扉の向こうへと消えていってしまった。
そんな実に釈然としないスタートを切ったが、仕事を切り上げて早々にアンジールの元を訪れたのは無理からぬことで。
「アンジールさん、子犬拾っちゃったって話、ホントですか?」
「ん、子犬?」
問われて何故か一瞬不思議そうな表情を浮かべたものの、すぐに得心がいったのか。
挨拶もそこそこにかけられた言葉にアンジールは同意を示す。
「ああ、アレのことか。まあ、そうだな」
「よくよくお好きですよね。今度はどんな子なんですか?」
「落ち着きがないわ、うるさいわと散々でな」
「へえ」
「ただ、気概があるところが気に入っていてな」
「気概、ですか?」
こうやって親しくするきっかけとなったあの大人しい子犬とは随分と毛色が違うようだ。
表現の仕方も理解に苦しむ点があるものの、自身の言葉通り、気に入っている様子は十分に伝わってくる。
「なんなら君も見ていくといい」
「あ、はい。喜んで」
「もうすぐ来るぞ」
ごく自然な誘いに一も二もなく頷いたが、さてどこにいるのだろうと辺りを見回すよりも早く。
「………来る?」
違和感を確定的にするような言葉に首を傾げたところで、決してアンジールの物言いが間違っていたわけではないことを理解することとなった。
「アンジール!!」
「15分前、まずまずだな」
「当たり前だろ!俺を見くびってもらっちゃ困るぜ」
「攻略時間はいいにしても、だ」
いや、会話の流れに間違いがないだけで、根本的な部分で間違っているような気がしないでもない。
「ザックス、ターゲットはどうした?回収するように言ったはずだが」
「あー!!?」
「任務失敗、だな」
「いやいやいや、これはちょっとした手違いだって。もう一回!もう一回チャンスくれよ!」
「手違いで失敗されてもな…」
問われて自分の手を眺めるも、残念ながらそこには何もなく。
アンジールが「落ち着きがないわ、うるさいわ」と述懐したとおりの様子をたった2〜3分で披露したザックスは、確かに子犬と称するにふさわしいのかも知れない…が。
後日。
「言ったとおりだっただろう?」
「そこでさらっと同意を求められてもね…」
まるで答え合わせをするかのごとく、の顔を見かけて開口一番にそう言ったセフィロスの声は、どう聞いても面白がっているようにしか聞こえず。
「あなたはともかく、アンジールさんのどこからが冗談なのかがハッキリしないのがなんとも」
あの後、結局ザックスに対してもう一度同じトレーニングを試みたアンジールと、待ち時間を過ごすことになったとの間で交わされた会話は当然と言うべきか、ザックスのことで。
の最初の問いかけに対しては冗談交じりに話を合わせただけにしても、その後の話を聞くにつれ、実感が伴っている部分においてはとても冗談とは思えないほどの説得力を有していたという、判断に苦しむお話。
うーん、と。
先日とはまた違った色合いで難しい顔をして見せたを見て、セフィロスがニヤリと笑う。
「…なによ?」
「もっともらしく能弁を垂れるわりには、”犬”表現そのものを否定しようとしないお前が何を言ってもな」
「……彼、アンジールさんが構いたくなるような属性を持ってそうだなーって」
「十分に納得しているじゃないか」
「困ったことにねえ」
最終的には、無駄な抵抗を重ねていたがセフィロスに、しぶしぶ同調する形で会話に結論が出てしまったようだが。
今後、ザックスを見かける度に、この”犬遊び”な話題を思い出しては微妙な感覚のままで笑っちゃうのかも、と。
近く訪れるであろう自分の行動へのささやかな予測を、先取るようには苦笑いを浮かべるのだった。
2016.9.15