テディベア



「あ」
「あ?」
「あ!」


まずが声を上げ、その声に反応してセフィロスが訝しげに振り返り、ワンテンポずれたタイミングでカウンターに立つお姉さんが驚いたように目を見開いて、と。
順序立てて出た微妙にニュアンスの違う声をねじ伏せる勢いで、けたたましい鐘の音が辺りに響き渡る。

市街をぶらぶらと散策途中、おいしそうな焼きたての香りに惹きつけられるまま何気なく立ち寄った小さなパン屋。


「おめでとうございます、一等です!」


どうやら何かのキャンペーン中だったようだ。


「…ええ?」


己の欲求に逆らうことなくいくつかのパンを選び促されるままに福引を回したは、飛び出したピンク色の玉が果たしていい結果なのか残念な結果なのか。
判断に苦しむ表情を浮かべセフィロスと目を見合わせたところで、ぐいと大きな物を差し出され慌てて視線を戻す。


「どうぞ、こちらをお持ちください」


手渡されたのは、明るい茶色のテディベア。
真っ赤なリボンが首元を可愛らしく彩っている。
ふんわりとやわらかい質感が実に肌に心地良く、唐突な展開にとまどい気味だったも素直に頬をゆるめた。

が、ふと精算の途中だったことを思い出したらしい。


「ねえ」
「何だ」


小脇に抱えるには少し大きすぎるぬいぐるみをじっと眺め、次いで興味なく佇んでいるだけのセフィロスへ…否、セフィロスの手へと視線を転じる。


「パンとぬいぐるみ、どっちがいい?」
「…言っている意味が良く分からんが」
「こんなに大きいのに、両方なんて持てないし。…ていうか」


かろうじて選択という余地が残されていたはずの問いかけは、一体いつその方向性を変えたのか。


「面白いから、ぬいぐるみ持っててよ」
「ことわ…」
「拒否権なし」


かさばる荷物を両手に掲げたまま動きを止めていたは片方を取り下げ、もう片方をぐいと押し出す。
かなり強引なお願いと、含みがあるとしか思えない満面の笑みを向けられた当人は心底嫌そうに顔を顰めてみせたものの全く功を奏さなかったようだ。

かくして突然繰り広げられたこの小競り合いは、9割方理不尽な要求を提示する側に軍配が上がり、セフィロスにテディベアという実に奇妙な構図を作り上げ。


「すごい!かわいいよセフィロス」
「いいからさっさと精算を済ませろ」
「すぐ終わらせるけど、ちょっと待って」


その副産物として、大いなる笑いをにもたらした。
何の意味も成さない褒め言葉を不機嫌きわまりない声音で遮ったセフィロスは、再び目の前に突き出された物体に眉間のしわを倍増させる。


「…何をしている」
「せっかくだから記念撮影」
「……捨てる」
「あ、ちょっとやめてよ!」


自身の言葉通り、ポケットから携帯を取りだしたは、撮影のモーションに入るよりも格段に早くセフィロスの手から振り落とされそうになっているテディベアの姿に慌ててその動きを止め。


「こらー!捨てるなー!」
「だったら余計なことをせずにさっさとすればいいだろう」
「いいじゃん、ちょこっと写真撮るくらい」
「…やはり、いらないんだな」
「だから捨てないでってば!」
「あ、あのぉ…お客様…?」


際限なく繰り広げられるかと思われた不毛なやりとりは、店員の申し訳なさそうな声にひとまずの休戦となった。
…のだが。


家までの帰り道。
できたてのパンを持ったセフィロスと、大きなテディベアを抱きかかえながら歩くの顔は、甲乙つけがたい…というか、見事に五十歩百歩な仏頂面になっていて。

果たしてどちらに軍配が上がったのか。
本人達以外には到底分かり得ないお話。