口は災いの元



その日は朝から暗く曇りがちで、昼を待つことなくとうとう空が大きな雨粒を落とし始めた。
窓の外へと目をやればつられて気分まで沈みがちになりそうな、だがしかし決して室内の雰囲気はそれに準ずるものではなかった、そんな折。


「…何なんだそれは」
「いきなりなによ?」


外ではなく中にいる人物へと目線を配っていたセフィロスがおもむろに怪訝な声を上げる。
いつ終わるともしれない用事と格闘しながら右から左へと忙しなく動いていたは、そんな響きを向けられるいわれを感じなかったのだろう。
急に引き留められた形で動きを止めると、じわりと眉を潜めた。


「どうしたの?なにか変?」


いきなり何の話なのか、とか。
そもそも何に対しての疑問なのか、とか。

質問に対しての疑念を差し挟む余地は多分にあるらしく、まじまじと見返す彼女の顔にも怪訝な表情が浮かぶ。

柄にもなく、どう伝えたものかと考えあぐねているのか。
逡巡するような間を見せたセフィロスは、やがて急かされるままに重い口を開いた。


「…魔法の研究、か?」
「は?」
「いや、さっきから一人でぶつぶつ言っているだろう」
「………」


どうやら、彼女から漏れ出ていた「音」に関することだったらしい、と。
一人は要領を得ないまま、一人はむっとした表情でやっと意思の疎通を得て押し黙り。


「…歌」


再びおりた沈黙は、俄に外の様子に倣った重さを演出する。


「歌?」
「ただの鼻歌だったんだけど」
「…ああ」


日常生活に支障がないまでに回復したとは言え、つい先日まで風邪を引き込んでいたの体はまだ完治したわけではないらしく、声も普段よりいくらか低くしゃがれている。
そのせいだろうか。

彼女が鼻歌交じりに用事を片付けている様子を今までに一度も見たことがないわけではないセフィロスが、調子っぱずれな異様な響きに「歌」を聞き取ることができなかったからと言って、一概に彼だけが責められることではないのかもしれないが。


「…必要ないと思ってたけど。マテリア部門に頼んで『ふうじる』のマテリアでも支給してもらおうかしら」
「悪かった」
「あ、『じかん』でもいいかも」
「だから、悪かったと言ってるだろう」


見事な膨れっ面で当てこすりよろしく大きな独り言を呟きだしたの姿に、さしあたって苦笑と謝る以外の選択肢を模索する気はないようだ。
軽やかだった雨脚がすっかり強いものへと変わり、時折鼓膜を震わせる振動と視界の隅に入る明滅に、荒れそうだとどちらへともなく嘯いたセフィロスはお手上げとばかりに肩を竦めて見せた。


何はともあれ。
口は災いの元、と言うことで。