「今日も一日、疲れたな、と」
「同感だ」
がちゃりとドアが開け放たれ、約二名の靴音が会話と共に部屋になだれ込む。
各々のデスクではなく、備え付けられた応接テーブルへと向かう背中をしばし見送ったは部屋の時計へと目を走らせた。
「、コーヒー」
「俺も」
夕方の5時前、長針が間も無く12の数字を指し示そうとしているところだ。
「…あなたたち…毎度毎度、帰る部屋を間違えてない?」
「そうでもないぞ、と。なあルード」
「そうだな相棒」
「…ったく」
副社長室のソファはよほど居心地がいいらしい。
ルーファウスが不在の時を驚くべき正確さでかぎ分けて顔を覗かせるこの二人組は、まるで悪びれた様子もなくくつろいでいる。
「そもそもドリンクはセルフでのご提供ですよ、タークスさん」
「…いつもすまないな」
「ルードのその殊勝な態度に、ついついあなたたちのわがままを許しちゃうんだよね」
「その小言がなけりゃ、インスタントでも最高に旨く感じるのにな」
「小言が嫌なら自分で入れろってオハナシ」
テーブルに置かれたコップからはかぐわしい香りと湯気が立ち上り、小言に対してぼやいて見せたレノはそそくさと手を伸ばす。
「で。なにか用?」
「何の話だ?」
「自分で振ってきてんだから忘れないでよ」
自分のデスクには戻らず空いたソファに腰を下ろしたは、問いかけに迷うことなく疑問符が返されため息を漏らした。
次いで、無言のままポケットから取り出した携帯を操作していたかと思うと、おもむろにレノの鼻先にそれを突きつける。
液晶に表示されているのは「夜は空けとけ」の一文のみ。
「おお、これか」
「そう、これよ」
確認したことを確かめると、はパタンと携帯を閉じた。
「今日はセフィロスがいないから、用があるってんなら別に付き合えるけど」
「それは好都合だな、と」
「目的を先に言ってよね」
「それもそうだ」
わざとらしく疲れたような物言いにニヤリと笑みを返すと、レノはくるくると、見る者をおちょくっているような指の動きで天井を指す。
ルードとがつられて見上げた先には勿論、照明が点在する天井しかなく。
態度からは察することができない話の核心を、唯一語ることのできる人物へと視線が集中する。
「、今日が何の日か知ってるか?」
「何の日って…」
急に話を振られて口ごもったは、同じく困惑気味のルードと顔をあわせ肩をすくめる。
「…もしかして…」
「お月見?」
「大正解だぞ、と」
夜、秋、今日、と。
聞かれるままに連想ゲームの如く意識を展開させて導き出された答えにレノ即席のファンファーレが降り注ぐ。
なるほどと納得しているとも、それがどうしたと訝しんでいるとも取れる空気が充満する中。
「月見と言ったら酒、だろ?」
「ああ、そういうこと…」
焦れたレノが結論を口にすることで達観したようにが呟いた。
花見と言えば、宴会。
年の瀬と言えば、宴会。
とにもかくにも、宴会。
季節の節目にはなぜか付き物となっている酒の席を、月見にかこつけて設けようと思っていることは想像に難くない。
「つまりお月さまをダシにしてお酒が飲みたいってことね」
「そういうこと。付き合うだろ?」
確認と言ってしまうには断定の要素を濃く含んだ問いかけに、少し前にレノが見せた笑みと同様ににやりと口の端を吊り上げ。
「嫌と言う理由がないってね」
「交渉成立だな、と」
予定を確定事項にするべく、三者三様に大きく頷いて立ち上がる。
窓の外に広がる暗くなり始めた空には、やがて来るささやかなひと時を静かに見守っていてくれるであろう白んだ大きな月が浮かび始めていた。
2006.10.06