甘い罠



「ねえ、セフィロス」
「何だ」
「今、うるさくすると邪魔?」
「別に」
「そ」


無音に近いリビングにドアから顔だけを覗かせていたが、短いやり取りを受けて部屋に入り込む。
その手には一本のDVDと、買い物したものをそのまま持ち込んできたと思われる中身の入ったビニール袋が一つ。


「映画か」
「うん」


ピッ、ピッと順に電源を入れられた室内は即席のシアタールームと化していく。


「同僚が貸してくれたんだけど、折角だから設備の整ってる場所で見ようと思って」
「そうか」


本体にDVDをセットしたは、次いでセフィロスを通り越しソファに置いてある中からお気に入りのクッションを回収すると、テレビに程近いフローリングへとぺたりと座り込んだ。


「電気は消さなくてもいいのか?」
「え?だって、消しちゃったらあなたが困るでしょ?」
「いや、俺は別に…って」


自分より幾らか離れて前の方へ座ったの背中を微妙な面持ちで眺めながら、ふとテーブルの上に置かれたままの袋に目を止める。


「袋を忘れてるぞ」
「あ、そうだった」


準備万端、後は再生するだけ、と。
一度は持ち上げたリモコンを再び床に戻す。

何が入ってるんだ、とのセフィロスの問いに。


「ポップコーンでしょ、チョコレートでしょ、あとドリンク」
「…呆れるほど基本に忠実だな」
「ほっといて」


がさごそと一つずつ名を告げながら取り出したは、最後だけ二本取り出し、差し出す。


「はい、セフィロスの分」
「ああ」


そして、大人しく差し出された手にドリンクを手渡した後、何故か数秒間ほど動きを止めた。


「よくよく考えてみたらポップコーンもいる?」
「いや。それは…」
「お皿をもってこようか」
「だから、それは…」
「あ、でも。お皿だったら湿気ちゃうかな」


うーん、どうしよう、と考え込んだは、まるでセフィロスの言葉に耳を傾ける様子もなく。
今にも部屋を出て行きそうな勢いだ。



「ん?」


嘆息と同時に出た声は、普段のものよりいささか大きなものだったらしい。
驚いたように振り返ったは、今しがた自分が用意したはずのクッションやリモコンが違う場所に移動している様に更に目を見開く。


「なにしてんのよ?」
「いいから、ここに座れ」


指差された場所はソファに寄りかかるようにしてラグの上に座るセフィロスの前。
イメージとしては、つい先ほどまでに抱きこまれていたクッションと同じスタンス、といったところか。


「ここならそれをわざわざ分ける必要もないだろう」
「それはそうだけど…セフィロスも映画、見るの?」
「悪いか?」
「悪いわけないでしょ」


寸分もたがわない形でイメージは現実となり、灯りの落とされた室内を照らすのはテレビから発せられるものだけとなった。


「ただ、べったべたの恋愛ものみたいだから。多分セフィロス、寝るよ?」
「好きにするさ」
「そ?ならいいけど」


条件反射なのか。
憚る必要もないのにぼそぼそとした小声の会話に区切りをつけて、ちょうど本編が始まるタイミングでが正面へ向き直った。






抱え込まれた身体をそのままセフィロスに預け。
代わりに頭に預けられた顎が、30分も経たないうちに重みを増してずれ落ち始める。


「やっぱり、ね」


かすかに漏れ聞こえる寝息には薄く苦笑を浮かべ、起こしてしまわないように頭を支えてそっと肩口まで誘導させると、人心地が付いたかのように小さく息を吐いた。


「だから言ったのにな」


周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いたは、近くなったセフィロスの頭に自分の頭をくっつけたまま、気を取り直して画面へと視線を戻す。


暗い室内に流れる映像、少し抑えられた音声。
直に伝わる人の体温。
深い呼吸と規則的な寝息。


充満する眠りの気配に。
程なく誘われ眠りに落ちたことをが知るのは、日が変わって朝を迎えた頃、なのかもしれない。