日は既に西の地平に姿を隠し、残光と街灯が共に辺りを照らし始める時間帯。
家路を辿る人影の中に、足取り軽く、だがのんびりと歩みを進めるの姿も紛れ込んでいる。
「」
「あれ?」
すれ違う人。
街路に立ち並ぶ樹木。
まだシャッターの下りていない店、など。
興味深げにあちらこちらへと向けられていた視線が隣へと固定され、馴染みの人物を映し出す。
「どうしてあなたがここにいるわけ?」
「俺がいたら不都合でもあるのか?」
「なにいきなり拗ねてるのよ」
「くだらん言い掛かりだな」
「はいはい」
先に一人で帰ると、送っておいたメールが不満だったのだろう。
にべもないセフィロスの態度には苦笑を浮かべた。
「たまにはさ、違う風景を見てみたかったのよ」
するりと絡んだ腕に不機嫌さが払拭されたのか。
セフィロスから発せられていたとげとげしい雰囲気がやわらいで、の顔に浮かぶのは可笑しげなものへと変わる。
「いっつも同じ道を車で行き来するだけじゃない?だからたまには歩いて帰ろうかなって」
「そんなものか?」
「そんなものよ。少なくともあたしは、ね」
一人より二人の方が、やはり楽しいものらしく。
店先に並ぶ商品を指差し買うとはなしに覗き込んで、小さな路地にひっそりと佇むレストランや食堂を見つけては、近いうちに足を伸ばしてこようと約束を取り付けたりと、まっすぐな道を蛇行し続けた。
目に付くところ全てに寄っていこうと引っ張るに、まんざら嫌でもなさそうなセフィロスが大人しく付き合う形で。
街灯の手助けなしにはお互いの顔すら視認し得ないほどに、普段より何倍もの時間を費やした帰路は、家が大きく見えてくるにしたがってじきに終わりを迎える。
門扉を通り過ぎ、傍のガレージにあるべきものが見当たらないという段になり初めて。
「そういえば、ねえ。車はどうしたの?」
不審半分、困惑半分といった様子のが眉をひそめた。
「会社に置いてきた」
「置いてきたって…明日はどうするのよ?」
「勿論車を出すさ」
「どうやって?」
対するセフィロスは至って平静そのものの態度で、オートロックを解除して玄関の扉を大きく開く。
「俺の車を家に移動させるのをザックスが快諾してくれてな」
「車を移動させた後、ザックスはどうやって帰るわけ?今日は家に泊まってもらうの?」
「まさか。歩いて帰るんじゃないか?」
「お礼に彼の家まで送ってあげようとか思ったりは?」
「しない」
良心にのっとった提案はあえなく却下され。
「あなた、その内誰かに後ろから刺されるわよ」
「何、返り討ちにしてやるさ」
軽く背中を押されるようにして、先に家へと踏み入れたは呆れたように肩をすくめて見せた。
理不尽な要求を呑まざるを得なかったザックスが、寒空の下、歩いて家路を辿らされるのか。
それとも家主の機嫌を著しく損ねつつも客人としてセフィロス宅に招かれるのか。
いずれにせよ当人にとっては諸手を挙げて飛びつけるとは思えない究極の選択肢が、本意ではないにしてもその原因を作ってしまったの心の中で後悔と同情が入り混じった苦笑と共に密やかに用意されたのだった。
2006.1.20