某月某日。
それは前触れもなく引き起こされた。
その経緯をここに記し、残そうと思う。
─月曜日─
「もー!あったまきた!!」
ドサ、ガタガタ、どすん。
目の前に叩きつけるように置かれた回覧用の資料が派手な音を立て、配布用の資料はあおりを食らってひらひらと数枚落ちた。
無表情のまま眦だけ誇張ではなくつりあがった様子は鬼気迫る雰囲気で、空いた椅子へと腰をおろしセルフサービスのお茶へと手を伸ばし。
「今日は遅かったんだな、と」
「そうでもないわ。きっちり定刻だっただけ」
「そうか」
「そうよ」
「………で、何かあったのか?」
一気に飲み干し紙コップを握りつぶす。
「くだらないことよ」
吐き捨てられた言葉に、説明が入る余地はない。
どうやら取り付く島もないようだ。
─火曜日─
「何事だ?」
普段であれば賑やかなはずの場所、時間帯。
何故か凍りついたような沈黙が場を支配し離れない。
「……」
「……」
不幸にも今ここに居合わせてしまった社員達がこっそりと注意を向ける先には。
「なるほどな、と」
不機嫌な態度もあらわにそっぽを向いて食事をするセフィロスと、そして、おそらく同席するように仕向けたであろうザックスが居心地悪そうに身を縮めていた。
一触即発の雰囲気の中、ほぼ同時に二人が食事を終え無言のまま席を立つ。
はー、と。
深い安堵のため息とともに場は雪解けを迎え、和やかな空気を取り戻した。
が、しかし。
セフィロスとの間に垣間見える寒冷前線は未だ移動する気配を見せない。
─水曜日─
「、ちょっと」
「はーい?なんでしょう、ツォンさん」
初日の初っ端以降。
ある一人に対して以外は、いつもどおりの態度でもって接し続けているが、手招きされるままツォンへと歩み寄って次の言葉を待つ。
「使いを頼まれてくれないか?」
「もちろん構わないですよ。で、なにをすれば?」
「実はこのマテリアなのだが」
ごそごそとダンボールの中から取り出されたマテリアがデスクの上を転がり、段差を得てその動きを止める。
「うちに配給されてきたものの中に間違えて紛れ込んできたみたいでな」
「はあ、なるほど。で、誰に渡すんです?」
「待ってくれ、確か納品書が…ああ、セフィロス名義に…」
「…セフィロス」
の顔が笑みを貼り付けたまま固まり。
「セフィロスですね、お安い御用です」
ツォンは彼女の全身に漂うただならぬ気配を察して、声もなくただただ頷く。
余程、恐ろしかったと見える。
─木曜日─
「副社長、ハンコ下さい、と…お?」
「ルーファウスなら今、外出てるよ」
副社長室に目当ての人物は見当たらず。
つまらなさそうに頬杖をついてディスプレイに目を落としていたが。
「いつ戻る?」
「夕方」
「…元気、ねえな」
「そう?」
「ああ」
意外そうに目を見開いて、何を思ったか無言で手を差し出す。
「いつもどおりよ。そんなことより、それ、ちょうだい」
「あ?」
「ルーファウスが帰ってきたらハンコもらって持って行ってあげるよ」
「おう、すまないな、と」
ボードごと書類を渡し部屋を後に仕掛けたときに一度だけ振り返り、の顔を盗み見る。
午前中、任務に出る前に見たセフィロスから薄っすらと感じられた雰囲気同様、どことなく淋しげな様子に。
「ケンカしてても、顔を見なけりゃ見ないで張り合いがないわけな」
そろそろ終幕の気配、といったところか。
─金曜日─
そして、二日の休みを控えた業務上での週の終わり。
「だからどうしてそこであなたが偉そうなわけ?」
「俺はいつもこうだろうが」
「威張んな!」
ソルジャーの演習場にて。
遠巻きに見守る人垣の中心で、口を忙しく動かしながら対峙する二人の人影。
片や遠慮会釈もなく最大威力の魔法を次々に発動し、片やさすがに応戦する気配はないようだが甘んじて受けるつもりもないらしく、ガードした端から被害は周囲へと飛び火している。
「ガードしないでよ。周りの人に当たっちゃうでしょう?」
「当てたくないなら発動するな!」
「あなたにだけは意地でも当てたいの」
「じゃあ避けるに決まっている」
「ケチ!」
「そういう問題か!」
地面は所々凍りついて、クレーターのごとき隆起が生じ。
仲裁するか逃げるかの判断を付けかねていたルードが、自前の浅黒さを遥かに上回る焦げ具合で倒れ伏している。
騒ぎを聞きつけたルーファウスが駆けつけて二人を止めるまで争いは続き、ようやく幕引きとなった。
─後日・翌週月曜日─
大方の予想を裏切らず、常にあるとおりの仲の良さで出勤したセフィロスとには、つい三日前までケンカしていた様子など片鱗も見受けられず。
一体何故喧嘩していたのか、未だその理由を当人達以外は知らない状況下。
「で。結局何だったんだよ、と」
「え?ああ、うん。本当にくだらないことなんだけどね」
至極当然のなりゆきで生じた質問に。
「先週の日曜日にしてた約束、急に仕事が入ったとかですっぽかされちゃって」
「……」
「それが三回も続いたもんだから、もう頭きちゃってさ」
「…それで一週間弱、ケンカし続けたってことか?」
「そ」
は実にけろりとして答えて見せ、居合わせた当事者はがっくりと肩を落とした。
「お前ら…」
「ん?」
「くだらん痴話ゲンカを会社に持ち込むのはやめろ」
「えー、でも」
「迷惑だぞ、と」
「ちぇ…」
不承不承ながらも頷いて了承の意を示した、大きな力を有するもの同士いつ再発するか分からないこの不毛な争いの記録を。
某月某日より一週間経った本日をもってとりあえずは締めとしたい。
─追記─
なお、彼らの争いは月に二〜三回と言う非常に短いスパンで発生するため、記録作成を試みる場合は暇を持て余しているとき以外、基本的に勧められたことではない旨十分に注意されたし。
2006.1.6