フォーン海岸への長い道のり。
潮の香りどころか、まだその一端すら垣間見ることも出来ない場所。
魔物が日中よりも活発化する夜道を、あえて突き進むことに意義を感じなかったのだろう。
緑豊かな樹林の一角、幾重にも折り重なって伸びる木の根元に、10人ぐらいは落ち着けそうな洞を見つけたヴァン達一行がそこを一夜の宿と定めるのに、そう時間はかからなかった。
「…?」
一行が腰を落ち着けてから、どのくらい経っただろうか。
洞の入り口で見張りを兼ねて火の番をしていたバッシュが、洞の中から出てきた人影に驚いたように声をかけた。
「どうした、きみ達はまだ休んでいて構わない時間だぞ」
「ヴァンの攻撃を無意識の内によけてたら、寝袋からはみ出ちゃって…」
夢うつつで自身のコントロールもままならなかったのだろう。
ごつごつとした地面や思わぬ場所に張り出している木の根に、思わず強打したらしい後頭部をさすりながら、ややおぼつかない足取りでバッシュの隣まで来ると、そのまますとんと腰を下ろす。
「?」
まだ起き抜けでぼんやりとしている彼女の弁からははっきりとした状況を読み取ることが出来ず、バッシュは寝ずの番に出る前の記憶をたぐるように手にしていた蒔を火の中へと放り込んだ。
確か、を中心にしてヴァンとパンネロがその両側を陣取るように眠りについていたはず、と。
現状がすんなりと導き出せるイメージを脳裏に浮かべたところで、納得したように苦笑いを浮かべる。
「なるほど、彼の寝相はあまり良いとは言えないな」
「いいと言えないどころじゃなくて、悪すぎ」
「それで、逃げてきたと言う訳か」
「うん。でも、あのままじゃ今度はパンネロが危ないから、ヴァンにはちゃんと隅っこに行ってもらったけどね」
「転がして?」
「頭の所にはちゃんとわたしの寝袋敷いてあげたから、痛くはなかった…はず」
アフターケアもバッチリ、とおどけてみせるもやはりまだ眠りが足りないのだろう。
「だが、きみの寝袋を提供してしまったら、今度はきみが寝られないんじゃないか?」
「んー…、いい。どっちみちあっちに戻っても安眠出来そうにないし、わたしはここでぼーっとしてるから」
言葉通りにパチパチと目の前ではぜる火の粉を眺めながらも、しきりにあくびをかみ殺し続けている。
「きみさえ良ければ、私の肩を貸すが」
そんな様子を見かねたのか、それともいささか面白がっているのか。
「………悪くない、かも」
さりげなく出された提案を最初は驚いたように目を瞬かせ、探るように顔をのぞき込むも、いたって彼の表情は普段あるとおりの穏やかなもので。
結局、は船をこいで思わぬ小悲劇を起こす不安定さより、頭をつけて休める安定を求めたようだ。
しばしの沈黙の後こくりと頷くと、持って回った様な言い草とは裏腹に、いそいそとすぐ傍にあったバッシュの肩へと頭を寄せた。
「ちょっと固いけど、安定感はあるかな」
「そうか」
「お父さんがいたらこんな感じだったりとか」
「…その表現には異を唱えたいところだが」
照れ隠し以外の何者でもないの言葉に、何故か重なるバッシュの妙に複雑な声。
「しょうがないなあ。じゃ、お兄さんってことにしておいてあげる」
「それも少し納得しかねるな」
目を瞑ったままでさらに茶化してみせた言葉にも、先ほどと変わらない声音。
思うところがあるのか、それとも言葉遊びに乗って合わせているだけなのか。
「…少しだけなの?」
安易に仕掛けてはみたものの、自分こそが曖昧なままでは騒いで仕方がない心を密かに抱え込んでいるは、堪えきれずに目を開いて再び探る視線を向け。
「うん?何か言ったか?」
「……別に。なんでもない」
「いや、しかし…」
次の瞬間には明確な答えを知ることを恐れたかのように、目が合った途端にふいと目を逸らしてしまう。
「枕さんは静かにしてくれないと眠れなーい」
「それは失礼した」
うろたえた自分をさらけ出してしまう前に、拗ねた面持ちでぎゅっと目をつぶったには、誰になんと言われようとももう目を開けないぞと言う、謎の気概が垣間見え。
無理矢理終わらせられた会話に、バッシュは笑い声を漏らしたものの深く追求する気はないようだ。
深夜の樹林が静寂を取り戻し、火がはぜる音がささやかに自己を主張するだけになった頃。
もー、結局ここでも眠れないし、と。
心の中で憎まれ口を叩きつつも、提供された場を手放す気持ちなどさらさらないまま、頬に残った赤みをたき火の明かりで誤魔化したは口元に小さな笑みを形作った。
2015.8.5