砂海亭より



昼間でも騒がしい、砂海亭の2階。
ヒュムとヴィエラのコンビという珍しい組み合わせのテーブルに注文の品を届けたは、男の方に呼び止められてそのまま場に留まる。


「へー、お客さんたち、空賊なんだ」
「そうだが。今時分、別に珍しくもないだろ?」
「まあそうなんだけど、知人が空賊になりたがっててさ。お客さんたちのこと知ったら、色々話、聞きたがりそう」
「可愛いお嬢さんとか、綺麗なお姉さんなら大歓迎」


残念、元気な男の子、と。
自身を呼ぶマスターの声に話を切り上げかけた時、場の空気が一変した。


「空賊ー!!」


大音声に重なる、扉が開ききって壁にぶつかる音。
体でこじ開け、転がるようにして飛び込んできたミゲロが、そのままの勢いで二階まで駆け上がってくる。


「ミゲロさん…?」
「おお、今日もしっかり仕事に励んでいるようだな」


温厚な道具屋店主のらしくない様子に、思わず呼びかけたの声にミゲロは少し相好を崩すも、すぐに男へと向き直った。


「こんなところでのんきに食事している場合か!早くパンネロを助けに行ってくれ!」
「おいおい…。藪から棒に一体何の話だ」
「これだ!このバルフレアってのは、お前のことだろう!」
「…手紙?」


どうやら、パンネロが攫われたらしい、と。
テンションからして噛み合わない二人の話をざっくりとまとめてみるとそんなところだったらしい。

ミゲロの剣幕に、ただ黙って状況を見守っていたが、ここに至ってようやく状況を把握できたのか。


「…って、どうしてパンネロが!?」
「おい、パンネロがなんだよ!?」


心底驚いて大声を上げたのと、それを上回る勢いで唐突にヴァンが会話に入り込んできたのは、ほぼ同時のことだった。


「あ、ヴァン!あんた無事だったの!?」
「ゴメン、姉。細かいことは後で話すよ。それより…」


帝国兵に掴まったところで認識が止まっているを手で軽く制し、ヴァンはさらに渦中へと踏み込む。


「パンネロ!どうしたんだよ?」
「おお、ヴァン!無事だったか!」


状況を把握したがるヴァンに、すぐにでも助けに行かせたいミゲロ。
そして、どうにも腰が重く、迷惑そうに言葉を返し続けているバルフレアと。

先ほどよりもさらに状況が複雑になるかと思われた場は、意外にもすんなりと進展を見せた。


「送ってくれたら、オレがパンネロを助ける」
「つきあうぞ。私もビュエルバには用がある」


今にもここを飛び出して助けに行こうと主張するヴァンに強調する声。
がっちりとした体躯の男とバルフレアたちも顔見知りだったようで、滞ることなく会話は続いている。

ミゲロにせっつかれていたときとは違って、さすがにだいぶあきらめの境地になってきているのか。
手短に話がまとまったかと思うと、程なく非空挺で落ち合う流れとなったようだ。


「そう言うわけでさ、…姉?」


交わされる会話の内容を耳には留めつつも、最後に合流した男へと視線を固定したまま不自然なまでに押し黙っていたは、ぱっと注意を引くように目の前で広げられた手と、次いでのぞき込むヴァンと目を合わせ。


「…ヴァン、あの男って…」
「あ、…うん。あのバッシュだよ」


予想通りの答えに、見る間に眦をつり上げた。


「どうしてよ!?アイツはレックスの…!」
「わかってる!でも違うんだ!違う、かもしれないんだ…」
「ヴァン…」


かつてスラムで肩を寄せ合って生きてきたヴァンの兄が、いわれなき死を遂げる原因となったはずの人物。
その男と忌憚なく言葉を交わしているどころか、さらにこの先も行動を共にしようとしているヴァンを信じられない思いで見たは、必死で真摯な、どこか苦悩の色を感じさせる声に、さらなる追求は行き場を失って消える。


「オレ、もう少しちゃんと見極めたくてさ」


帝国兵に捕らえられてから数日の間にどういうやりとりがあったか、などとはにはとても推し量れるものではなかったが。


「とにかく今は、パンネロ助けないと」
「そうだね」


先を見据えてるヴァンの表情に、ひとまず自分の主張を引っ込めて頷く。
場の視線が全てが二人に集中していたことに二人が気づいたのは、そのすぐ後のことで。


「とにかくオレ、行ってくるから…」


慌てたヴァンが、姉は待ってて、と続けるよりも早く当人に首を横に振られて、そのまま口をつぐむ。


「わたしも一緒に行きたい」
姉!」
「パンネロのことが心配なの。邪魔にならないようにするから。ね、いいでしょ?空賊さんたち」


ヴァンが渋ることはあらかじめ想定済みだったようだ。
交渉の対象として指名されたバルフレアとフランは顔を見合わせた後、一人は冷静に、一人は肩をすくめて首を縦に振った。


「まあ…いざとなったらヴァンが頑張るんだろうし、俺は構わんよ」
「私も、特に異存はないわ」
「ありがとう。じゃ、マスターにお願いしてくるから」


おいていかないでよ、とヴァンにしっかり釘を刺すと、望み通りの回答に満面の笑みで返したはカウンターへと駆けていった。