「ずいぶんと隙だらけなのね」
グレイシーヌにある丘陵地に突如響き渡る声。
そこには数人の人影と、そして。
「悪名高いアーク御一行さま?」
腰に青白い細身の刀を佩いた女の姿。
予期せぬ客の来訪に戸惑うアークたちをよそに、女は軽く地面を蹴る。
「多額の賞金かけられていること、知らないわけでもないでしょうに。ねえ?」
口の端を吊り上げるように笑んで。
驚くべき速さでアークへと間合いを詰める。
「ちょっと待っ…!」
ギンッ
静止する声に硬質な剣戟の響きが重なった。
交錯する赤と青の刃。
割って入ったトッシュと女は無言のまま2度、3度と切り結んで。
澄んだ高い音をひとしきり奏でた後しばし鍔際で競り合う。
「トッシュ、やめるんだ!君も!」
「手ぇ出すな!」
「トッシュ!?」
動きが止まるのを見計らってふたりの間に入りかけたアークは、トッシュの大声に遮られる。
「何を言ってるんだ!無益な戦いは…」
「あら」
話しながらも鍔迫り合いを続けていたふたりはほぼ同時に押し合い離れて。
「『極悪非道』なはずの賞金首はずいぶんと優しいのね」
お互い目をそらすことなく刀を構えなおす。
「あなたも。こっちの人も」
「………」
こっちの人、と称された直後。
トッシュの顔には傍目からにもはっきりとわかるほど当惑の色が浮かぶ。
「あなたの代わりに、自分の首を進呈してくれるらしいし」
各々の心情など一切関知しないとばかりに柄を握る女の手に力が籠もった。
「やめるんだ!」
「ありがとうって、先に言っておくべき?」
茶化した口調で自分を取り巻いているアークと仲間たちを順に見やって。
視線を元へ戻す。
息を呑む音さえ聞こえてきそうなこの状況下で。
ふと、女の表情が緩んだ。
「なーんてね」
刃を交えているときからずっと物言いたげだったトッシュを眺めて。
微苦笑を浮かべながら静かに刀を納め、軽く肩をすくめておどけてみせる。
緊迫し張り詰めていた空気は霧散した殺気とともに何事もなかったかのように消え去った。
「安心したわ。政府の公式発表ではあなたたち反逆者扱いだったから」
なーんにも考えずにウチの兄キがほいほいついてっちゃったのかと思ってさ、とその豹変振りに凍り付いているアーク一行を気にもとめずに言葉を重ねる。
「久しぶり、トッシュ兄。元気そうでなにより。…と」
トッシュの目の前で手をひらひらと振る傍ら。
丘陵地帯の俄かオブジェと化している一行に、へらりとごまかし笑いを浮かべた。
「えっとー…驚かせちゃってゴメンナサイ…?」
語尾が微妙に半疑問系の割には、ぺこりと頭を下げる姿に。
ようやく遠巻きにしていた面々が近づいてくる。
「君はトッシュの知り合いなのかい?」
「知り合いっていうか、妹、かな」
「妹?」
「ダウンタウンのモンジ組って知らない?私、そこで世話になってたんだ。ね、トッシュ兄…って、どしたの?」
同意を求めて振り返った先には複雑な表情のトッシュ。
「…お前、どうして…」
次に来る言葉にまるで怯えているかのように言いよどむトッシュに対し。
「どうして生きてるのか、って?」
「………」
はためらうことなく続きを口にする。
決して、その表情は明るいものではなかったが。
「トッシュ兄がしょっ引かれた後、オヤジがね、お酒が飲みたいって言い出してさ」
「酒?」
「うん、お酒。あんな状況だったし、私、飲みたけりゃ酒場に行けって言ったの」
人のいない方向へ数歩進んで、止まる。
「そしたらさ。パレンシアにしか飲みたいお酒が売ってないから買って来いって」
「………」
「しばらくは行く行かないでケンカしてたんだけど。オヤジも顔には出さなかったけど落ち込んでたから」
「それで買いに出かけたのか」
そう、とうつむき加減に頷く。
「その後は…トッシュ兄も見たんでしょ?」
「…ああ」
思い出すかのように空を見上げるの隣にトッシュは並んで立ち止まる。
飛び交う怒号と悲鳴。
赤く、すべてを飲み込む炎。
現場に居合わせたわけでもないのに。消えないイメージ。
後に残されたのはただただ黒く炭化したモノだけ。
複数の足音とかろうじて視認できた制服姿の男たちに。
残党として処分される前に、ただそこから逃げ出すことしかできなかったふがいない自分。
得たものといえば絶望と自責の念と。
行き場のない激しい怒り。
少しの間、流れた沈黙に。
口をさしはさむ者もなく。
「オヤジが…」
「ああ?」
「オヤジが助けてくれたのかなあ?」
「…かもしれねえな」
「だとしたら、私がすることはただひとつ!」
くるりと振り返りアークたちを眺めて。
「兄キともどもお世話になりたいんだけど…ダメかな?」
仇を討つために。
自分たちが味わったような絶望をこれ以上増やさないために。
そしてなにより。
大切な人たちを守るために。
おずおずと伺いを立てるにアークは力強く頷く。
「君が仲間になることを拒む理由なんて、俺たちにはないよ」
再び、ここから。
2005.09.24