一進一退



「気配を殺して背後に立つのはやめていただけます?」
「いやー、すみません。そんなつもりはないのですが、なにぶん存在感がないもので」


グランコクマの宮殿前に広がる広場。
市街へと足を向けていたが渋々口を開けば、打てば響くような空言が返される。


「よくもまあそんな実のないことばかり咄嗟に口をついて出るものね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「…あ、そ」


付き合いきれないとばかりに大きく息を吐いて振り返った先には、予想と何ら違わぬ微笑みが一つ。

何かにつけて声をかけてくるこの男は、どうみても自分をからかって楽しんでいる節がある、と。
判断せざるを得ないこれまでのジェイドの行いは既に数え切れないほど。

両の手をポケットに突っ込んだまま日を遮るように佇む長身を見やったは、日よけに最適と胸の内で嘯いて表情と口調を改めた。


「何かご用でしょうか?カーティス大佐」
「特に何も。あなたに会いに来ただけです」
「仕事のお話なら上に通していただかないと、私の一存では受けかねますが」
「いえいえ、公用ではありません」


真意の見えない会話に、真意の見えない笑顔。


「じゃあ、何しに?」
「言ったでしょう、。あなたに会いに」
「…そんなにお暇なんですか?」
「とんでもない」


の眉がひそめられる前に、畳みかけるような言葉が続けられ。


「円滑な関係を育もうと、私なりに寸暇を惜しんで努力しているのですが…」


なかなか信じてはもらえないようですねと、些かキレが悪くなった語尾に呼応するかのように、柔和な表情が陰りを帯びた。
ジェイドに対し表立って見せかけているほど無関心ではいられないは、少なからず心拍数を早め、一瞬息を呑む。

が、ここで折れてはいけないと奇妙な意地を貫いたのが良かったのか。


「で、その心は?」


それとも悪かったのだろうか。


「私と話すときのあなたの反応が楽しくて」
「ごきげんよう!」


どう聞いても茶化す以外の響きを聞き取れない声音に、万に一つの可能性の内、希少な一つではなく見事多数を占める確率の方を引き当てたらしいが足音も荒く踵を返し、ジェイドは低く笑い声を上げた。


複雑かつ計り知れない精神構造の持ち主と、単純かつ素直ではない精神構造の持ち主とが心からの疎通を計れるようになるのは、どうやらまだまだ先のお話。