が外出から戻り、顔を合わせて出た第一声は。
「今日は日が悪そうだから、出発を明日に遅らせるっていうのは…だめ?」
即座には返答しづらい何とも突飛な提案だった。
「あのなあ。はっきりとした理由を言ってくれんことには何とも返事してやれんぞ」
「えっと…理由は日が悪そうだから、ってさっきから…」
「だから。それじゃ理由にならんだろって」
同じ問答が繰り返されること、既に何回目のことだろう。
終始、そわそわと落ち着きなく視線すら合わせないに、ギンコは長期戦を辞さない構えか。
真正面に向かい合う形で胡坐を組んでいる。
「ほら、あの。雨が降るかも」
「雲がないのにか?」
夏特有の入道雲どころか、その断片すら見いだせないほどの青が空に広がっている。
ギンコにつられて見上げたが、うーんと小さく悔しそうなうなり声を上げた。
「あー…あ!頭が痛いとか身体がだるいとか…」
「ここに来てのんびりしてて、そりゃねえだろ」
「そう?よかった…って、そうじゃなくて」
かけた問いに肯定的な返答を得て、一瞬、嬉しそうに声を弾ませるも慌てた素振りでは首を横に振り。
「…じゃあ…」
「じゃあって何だ、じゃあって」
「そのー…」
「……」
振り出しに戻りかけたところで、とうとうギンコに言葉尻を捉えられ口ごもる。
しばらくの間、視線を泳がせて何かの口実を探っていたようだったが、沈黙に耐えかねたのか。
観念したように大きく息を吐き出した。
「今日ね、夕方からお祭りがあるんだって」
「祭り?」
「うん、隣の村で。結構大きなお祭りらしいんだけど」
「ほー」
「でね、あるのは前々から知ってたんだけど、今日あるって忘れてて。さっき外にご近所さんが教えてくれたから…」
「なるほどな」
それであの謎の提案に繋がるのか、と。
一人、納得して頷いたギンコの顔には、じわりと苦笑を浮かぶ。
「つまるところ、祭りのために出発を一日ずらしてほしいってことか」
「そう」
「それならそうと、最初から素直に言やあいいのに」
「ごめんね。こんな理由で引き止めるの、悪いなって思ったもんだから…」
いっぱい葛藤した挙句に結局こうなっちゃった、と、ばつが悪そうに肩を落とし否定する余地もなく素直に打ち明けたは、やがて窺うようにギンコの顔を覗き込んだ。
「…やっぱり、だめ?」
その様子に、否と言える訳もねえよなあとは、声として表に出されることなく呟かれ。
「いや?別に構わんが」
「ほんと!?」
「嘘ついてどうすんだよ。急ぎの用がある訳でなし。一日ぐらいどうってこたねえよ」
確認しては念を押し、をくり返してようやく笑顔を見せたに、気付かれないように諦念を色濃く含んだ笑みを煙に紛れ込ませた。
が、しかし。
「お店、たくさん出るかな?」
「さあなあ」
「隅から隅まで、全部回ろうね!」
「………隅から隅まで…?」
「もちろん」
「…、ほどほどに頼むな…」
「楽しみだねー」
「…おおーい」
早く始まる時間にならないかな、と。
また違った意味合いでそわそわし始めたの姿に、こらえようとも思わず笑いがこみ上げてしまうのは無理からぬ話なのかもしれない。
2006.09.08