りんご飴



レノ、ザックス、クラウド、と。
時間と場所は違えど、同じ日にほぼ同じ主旨の話を持ちかけられてしまっては、興味や好奇心が湧いてくるのは仕方のないことだろう。
ましてや、一足先にぶらついてきたレノから差し入れまでもらっていてはなおさらだ。
急場しのぎでデスクの上にある鉛筆立てにさしたそれは、鮮やかな赤色と甘い香りで気を引き付けられて止まない。

残業した分だけ時間は過ぎてしまっているが、楽しむにはまだまだ支障のない時間帯。
ただ一つ、問題があるとすればそれは。


「ここで考えててもしょうがないか」


メールで仕事が終わったことを簡単に知らせて、手早く帰り支度を整える。


「聞いてみよっと」


妙に気合を込めて、いざ、セフィロスの元へ。






「何だそれは」
「りんご飴」
「見れば分かる」


を視界に納めたセフィロスの第一声は手に握り締めたものに対する言及だったようだったが。
率直な答えが、質問の意図から外れていたらしいことを認識するのに十分なしわが眉間に刻まれた。


「これね、レノがくれたの」


提供元を告げると途端に興味を失ったかのごとく、視線を外して歩き出そうとするセフィロスをは慌てて引き止める。


「近くでお祭り、やってるんだって」
「祭り?」
「そう。ね、あたしたちも覗いてみない?」
「…今からか?」
「今から。ちょっとだけでいいからさ」


眉間にしわを残したまま、時計を見てため息を一つ。
再びへと向けられた顔には、おおよそ肯定的な言葉など望めそうにない表情が浮かんでいる。


「悪いが、今日はそんな気分じゃない」
「…今日は、って。いつもじゃない」
「何か言ったか?」
「なーんにも言ってませーん」


ついた悪態を誤魔化して、素知らぬふりでりんご飴に被せられていたビニールを取り外す。
口に含んだ部分からは甘味しか感じられなかったのだろう。
首を傾げながら、飴があまりかかっていないりんごが露出した部分を探してくるくると手の内で回していたは、ふと思い出したように携帯を取り出した。


「行きたいなら行ってくればどうだ」
「え?」


一連の動作をじっと見守っていたのか。
祭りには行けない、と、メールを送ろうとしていたの動きを、セフィロスの声が遮る。


「どうせ連中に誘われたんだろう?興味があるのならお前だけで行けばいい」
「本当?本当に行って…」


望む形ではないにせよ、とりあえずの肯定の言葉に。


「…いいの?」
「だから、いいと言っているだろう」
「ほんとかなあ」


驚きを隠せないまま振り向いた先にこの上もない仏頂面を見出したが、後半は確認と言うより疑念の響きを持って苦笑交じりに問いかける。


「無理してない?」
「別に」
「じゃあ、行っちゃうよ?」
「……」


素っ気無い態度に重ねて問いかけてみるものの、仕舞いには返事すら得られず。


「あー、もう」


繰り返す確認をくどく思っているとも、言葉とは正反対のことを思って躊躇しているとも取れる状況に、打ちかけのメールもそのままに携帯をぱたりと閉じる。

そして、しばし沈黙したまま何かを考え込んでいたが次に取った行動は。


「はい、あーんして」
「………何故」
「いいから!はい、あーん」
「ちょ…ちょっと待て」
「往生際が悪いなあ」
「当たり前だ!このわけの分からん行動の理由を言え!」


持っていたりんご飴をセフィロスの口元に差し出すと言う、前後の繋がりが本人以外にはまるで分からないものだった。


「別に祭りだから行きたいんじゃなくて、セフィロスと一緒に行きたいだけだったんだけど」


説明を語る間も、口を開けろとせっつくように近づけている。


「セフィロス行きたがらないし。それならそれで諦めようと思ってたのに、突然行ってこいなんて言っておいて見てみればぶーたれてるし」
「……」
「ちょっと頭来たからセフィロスに選択肢、あげようと思って」
「…つまり?」


選択肢を「あげる」というよりは、ほぼ強制に近いものがあった、とは賢明にも明言を避けたセフィロスが先を促す。


「これ、一人じゃ食べきらないからあなたも食べて?食べてくれたら大人しく一緒に帰る。食べてくれないならしょうがないから一人でお祭り行ってくる」
「お前な…。仕方なく行くぐらいなら素直に行くのをやめればいいだけだろう」
「最初からそうしようと思ってたのに、あなたが蒸し返したんじゃない」
「……」


返す言葉はなかったようで。
数回、嫌そうにと飴を見比べていたセフィロスが何故かおもむろににやりと笑みを浮かべた。


少し身をかがめたかと思うと、迷うことなく白い歯が赤いりんごに当てられ、次いで若干水気を帯びたかじる音が響く。


困らせられた仕返しに少しだけ困らせてやろう、との魂胆で突き出した提案がことのほかすんなりと聞き入れられたことに驚いたが、ぼんやりと傍観している間に事は運び。


「…甘………、うっわ、酸っぱー…」


甘味と強烈な酸味が口の中いっぱいに広がったのを機に我に返る。


「食いたかったんだろう?」
「確かに食べたかったけど…ちょっと、不意打ちで食べたらこれ酸っぱいよ」
「良かったな、当たりだ」
「全然よくない。しかもセフィロス、結局食べてないし」
「心外だな。甘ったるさなら十分堪能したさ」
「ずるい」


ようやく、駐車場へと歩き出すことができたセフィロスに手を引かれながら。
これまたようやく、断りのメールを送ることができたが、甘い部分で酸味を打ち消しまじまじと飴を眺める。


「ねえ。これほんとにあたし一人じゃ食べきれないから、家に帰ったらあなたもちゃんと食べてよ?」
「いらん。食えんのなら、買って来た本人に返せばいいだろう」
「…それってセフィロスとレノ、間接キス?」
「………今すぐ捨てろ」
「あ、うそうそ。冗談よ…って、ちょっとやめてよ!食べ物粗末にしないでってば!!」






夜の闇の中。
いかんとも締まらない内容ではあるが、一組の男女の言い争う声が神羅ビル近辺に響き渡る。

果たして、件のりんご飴が無事二人の胃の中に納められたのか。
それは本人たちが語らない限り、明かされることのない事実のようだ。