暑気払い



連日のように真夏日を記録し続ける、とある日の午後。
うんざりと、大きく顔に書いたが忌々しげに見上げた先には、雲ひとつない空に力強く輝く太陽が一つ。

その堂々たる姿は、見れば見るほど…。


「…あっつーい」


の、一言に尽きるらしい。


「こら、。だらけ過ぎだぞ」
「んなこと言われたって暑いもんは暑いですもん。トグサさんだってそうでしょ?」
「そりゃそうだが。心頭滅却すれば火もまた涼しと…」
「言いますけど、それは気休めにもならない欺瞞だと思うに一票」
「…」


さし当たって返す言葉を見つけられなかったのだろう。
フォローはあえなく切り捨てられ、トグサはそのまま口を噤んでしまった。


「こう暑くちゃ、むしゃくしゃして思わず犯罪に走りたくなる気持ち、分かる気がするなあ…」
「分かるなよ、頼むから…」


空になった紙コップの端を歯でかみ締めながら、だらしなく両手を投げ出し上半身をカウンターに預けている。
全身弛緩しきったの姿におおよそ似つかわしくない、不穏な色を宿した目に。
半分以上本気かつ脱力した体でトグサが制止を試みたようだが、聞き入れられた様子は表情からは窺えない。


「そんな憂鬱なアナタに、朗報!!」
「うっわ、びっくりした」


一体どこから湧いて出てきたのか。
何故か重く沈みきってしまった空気をものともせずに現れたタチコマが、明らかに一人にのみ目標を定め、ぱっと手に持った扇子を広げて見せた。


「イライラも一気に解消する耳寄りな話があるんだけどさー」
「なになに?」


ごにょごにょごにょ。


「どう?」
「乗った!」
「と言うことは」
「善は急げ、ってね」


にわかに内緒話に興じ始めたの顔が見る間に明るいものへと変わりにんまりと口元が笑みを象る。
乞うご期待、の言葉をトグサに投げかけ口を差し挟む暇も与えずにタチコマと連れ立って飛び出していく様は、台風と比べてみても遜色ない程…かもしれない。


「期待しろつったって…」


不安しか感じられないよなあ、という苦労性なぼやきは誰の耳に届くことなく、空しく宙へと飲み込まれていった。






途中、混迷極める悲鳴や嘆息を随所にて引き起こしつつも無事、迎えた夜の屋上。
タチコマ含め十数名にも及ぶ人垣の中心には大小さまざまな球体がころんと転がっている。


「薬莢から火薬が抜かれていたのはこいつらのせいだったのか…」


せっせと筒に設置される火薬の成れの果てを眺め、サイトウを筆頭に数名からため息が漏れたのは詮無きことか。


「本当に、ほんっとーに大丈夫なんだろうな!?」
「やだなー、トグサさんてば。大丈夫に決まってるじゃないですかあ」
「トグサくんって本当に心配性だよねー」
「ねー」


乞うご期待、の正体を知ったトグサがしつこいほどに念を押すも、当然のごとく根拠のない自信に満ちた返事が返ってくるばかり。
そんなごたつきは何の抑止力にもならず、方や装填、方や人員整理と、手際のよさを見せたタチコマたちが輪を広げると、とうとうが大きく手を振り上げた。


「夏の暑さを吹き飛ばす9課特製打ち上げ花火、皆様、どうぞお見逃しなく!」


言い終えるのとほぼ同時に、スイッチが勢いよく押され。


「……」
「……」
「………?」


轟音も火花も現れることなく、夜気が変わらず静けさを保っている。
9課の面々が顔を見合わせ、作った本人達も顔を見合わせる。


「…トグサさん、ちょっと覗いてみません?」
「同意すると思うか?」
「だめですよねえ、やっぱ」


この緊張感のないやりとりがいけなかったのだろうか。
様子を見ようと筒に数対のタチコマ近づいた時、不意にトラブルが発生していたはずの導火線に火がつき走り出す。


「ちょ…タチコマ、あぶな…!」
「へ?」


ひゅるるる、ドカーン。


カウントダウンをする暇など勿論なく、花火に近づいていたタチコマが逃げる暇も皆無な状況下。
ある意味たちの目論見どおり、景気のよさで暑気を払うかのごとく夜空に色とりどりの大輪の花が相次いで咲き誇った。


「ここはやっぱり玉屋、鍵屋と言っておくべきかしらね?」


花の中央にくっきりと黒く映りこむシルエットに可笑しげに素子が呟き、同志の他人事とは思えない哀れな姿にの顔には引きつった笑いが浮かぶ。


「彼らには自業自得という言葉を進呈するにしても。ねえ、


相次いで打ち上げられるように計算された花火に、翻弄され続けるタチコマたちはもしかしたら既に妙な楽しみを見出しているのかもしれない。
手足をばたつかせ、「きゃー」とか「わー」などといった声が上空で発せられているのを他所に、面白そうな表情を崩さないまま素子がへと向き直った。


「義体の熱センサーを切っておけば、暑さなんて感じなかったんっじゃない?」
「………そーいう意見も…」
「忘れてたのね」
「…はいー…」


的を射た指摘に、すみませんと殊勝にも身体を縮こめたところで、もはや後の祭り。






花火の後。
ただただ黒く焦げた数体のタチコマたちに、わずかな同情が向けられたとか。