即席で黒いマントを引っ掛け、準備は万端。
「じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
「お土産は天然オイルがいいなあ」
お菓子をもらうためか、それとも単に遊びたいだけか。
真意の程は分からないまでも、力いっぱい込められた気合いに嘘偽りはないようだ。
面白がってエールを送るタチコマたちにぶんぶんと大きく手を振ると、は視界の隅に捉えた第一のターゲットへと向かう。
─ CASE. バトー ─
「トリックオアトリート!」
「何言ってんだお前」
「へ?」
「けど、いいところに来たじゃねえか」
「…えっとー…」
「筋トレ、付き合えよ」
頭のてっぺんからつま先まで。
の風体に取り立てて驚いた様子もなくただしげしげと眺めていたバトーは、見るからに重そうな鉄アレイを晴れやかに差し出す。
「すみません、今忙しいのでまた今度!」
戦利品、鉄アレイ。
速やかに辞退。
─ CASE. サイトー&パズ ─
最初の襲撃を失敗に終えたは場所を変え、同じテーブルに着いた二人の影を見出し近づく。
無論その際、今度こそはと気合いを入れなおすことも忘れてはいない。
「トリックオアトリート!」
「ん?、新しい遊びか?」
「いや、あれだろ。ハロウィン」
「ああ、菓子が欲しいのか」
どうやらちょうど白熱している最中だったらしい。
カードに目を落としたままグラスを傾ける二人の姿に、はじりじりと後退り退室を試みる。
が。
「、お前の道楽に付き合う代わりに一勝負、どうだ?」
「うー」
「オレは無条件で付き合うぜ?どんなイタズラしてくれるのか、興味あるからな」
「あー…ははは…」
後もう一歩でドアというところで、同時に二人から視線を向けられてぴしり、と身体の動きを止め。
「結構ですー!!」
はじかれたように一目散に部屋から飛び出した。
戦利品、なし。
あたふたと逃亡。
─ CASE. イシカワ&ボーマ ─
「なんでこう手ごわい人ばっか集まってんのかなー、もう…」
肩を落としてとぼとぼと廊下を歩く。
基本、自分たちがしでかす悪戯の成功する確率が低いとは言え、ここまで失敗続きとなると些かへこんでしまうものらしい。
「おう、どうした?えらくしょげてんな」
「え?」
呼び止められて顔を上げると、部屋の中からイシカワが手招く姿が目に入る。
「イシカワさーん。…トリックオアトリート!…なんですけど」
「ああ、ハロウィンか」
「ほれ、お菓子ならここにあるぞ」
「ホント!?」
求める反応とは違うようだったが、この際そこのところはもうどうでもいいらしく。
「ボーマさん…そんなにいっぱいのお菓子、どうするつもりだったんですか?」
文字通り、山と詰まれたお菓子の数々には渇いた笑いを浮かべる。
「どうするって。そりゃあ、食うしかないだろ」
「…ですよねえ…」
戦利品、胃袋に入りきらない量のお菓子。
胃薬を片手に退室。
─ CASE. 草薙&荒巻&トグサ ─
「と言う感じなんですよー」
「てかお前…何でここに来て管巻いてんだ?」
レストスペースの一角。
セルフのコーヒーを抱えて一通りの経緯に耳を傾けていたトグサが、実に根本的な疑問を口にする。
「そりゃだって、トグサさんはカモ…じゃなかった、最後の砦ですもん」
「…しっかり聞こえてるぞ、」
「ままま、固いこと言わずに」
へらりとあからさまに誤魔化しと見て取れる笑いを浮かべると、はポケットから無造作に取り出したものをトグサの手に転がす。
かわいらしい包み紙の飴玉が二個。
件の戦利品、だろうか。
「しかも、少佐と課長がはしょられてないか?」
「少佐にやってもさらりと流されるだけでしょうし、うっかり課長にしようもんなら雷どころじゃ済まないですってば」
「まあ、それもそうだな」
「でっしょ?だから、トグサさん…」
一気に中味を飲み干した紙コップをぐしゃりと握りつぶして近くのゴミ箱へと放り投げ、ため息だか深呼吸だか判別付けづらいアクションを経ては勢いよく立ち上がった。
「トリックオアトリート!」
これまでの失敗をここで帳消しにしよう、と。
「え?ああ、…うわあああ!………でいいんだっけ?」
「…」
「…」
「……」
「……?」
確認するまでもなく期待に満ちた気配と視線を向けられたトグサは、上を見て横を見て、半ば以上気圧された様子で反応を返し。
「………も、いいです」
めでたくそれは、クリーンヒットと相成らなかったようだ。
今度こそ大きなため息を吐いたは意気消沈したままレストスペースから去り、後には首を傾げ、自分に何か落ち度が合ったのかと悩めるトグサだけが残された。
結局。
公安九課のささやかなハロウィンは、の完敗という結果にて幕を閉じたようだ。
2006.11.3