雨止み



まだ昼前だと言うのに薄暗い部屋の中。
回復がまるで見込めない空模様でも灯りをつける気配はなく、ソファも椅子も点在している状況下で床に座り込んだは微動だにしない。





暗がりの中で、ガラス戸から一番近い場所に備え付けられた椅子に腰を下ろしていたセフィロスは、彼女の名を呼んではみるものの、さして返事を期待していないような響きを宿している。
肝心のはと言うと。
抱え込んだ膝に顎を乗せたまま、不機嫌さを隠そうともせずに無言を貫いている。

そんな実りのない問いかけを幾度繰り返しただろうか。


「…、いい加減にしろ」


さすがに憮然とした面持ちでセフィロスの語気が鋭くなり、ピクリ、と小さく震えて丸まっていたの背中が少しだけ伸びた。


「いつまでそうしているつもりだ」
「あたしの気が済むまで」
「お前な…」
「だって!」


反応は得られたものの決して芳しいものではなく。
重ねて窘めかけた言葉は癇癪じみた声に遮られてしまう。


「天気予報では晴れって言ってたのに…」


親の敵かと思わせるほどの強い視線の先では、ざあざあと雨が降りしきっていた。


「仕方がないだろう。あれはあくまでも予報に過ぎん」
「そうだけど!」
「それに、雨が降ってるのは俺のせいじゃない」
「…そうだけど」


朝起きてからずっと飽きもせず雨を睨み続けているにせめてもの意趣返しか。
意識が自分の方へと向いたのをいいことに、一つ、また一つと言葉を封じていく。


「むしろ、お前の八つ当たりに付き合わされて午前中を潰す羽目になった俺には同情の余地があると思うが」


あくまでも目を雨から離さず、といったスタンスで会話を続けていたがいくつもの言葉を受けて次第に体の向きを変える。
その視線が恨めしげなものに変わっているのを見てとったセフィロスは、にやりと口元をゆがませ。


「何か言いたそうだな?」
「………セフィロス、意地悪すぎ」
「随分と旗色の悪い陳腐な反論のようだが」
「うるさいなー」


負け惜しみにしか聞こえない言葉の影響は傍に散乱していたクッションにまで及び、さして力を込められないまま笑い続ける声の主へと緩く放物線を描いて飛んだ。


「お花見、折角楽しみにしてたのに…雨が降るなんて聞いてないよ」
「そんなに行きたければ日を改めればいいだろう」
「次の休みにはもうほとんど散っちゃってるよ」
「じゃあ諦めろ」
「………」


今日に至るまでは、どこへ行こうかとかお弁当を持っていくのかなど楽しいことだらけのだったはずの予定。
それが予想だにしない要因から水を指されて駄目になってしまったという事実が余程悔しいのだろう。
結局は堂々巡りにしかならない問答にセフィロスは大きく頭を振ってため息をついた。


「…ったく」


しばし考え込むような眼差しを外へ向けたかと思うとおもむろに立ち上がってサイドテーブルに手を伸ばし。


、出かけるぞ」
「…どこへよ?」
「いいから早く支度しろ」


行き先を告げないまま車のキーを取り上げてを急かす。
首を傾げてみてもそれ以上の説明を得ることができなかったようで、急かされるままにセフィロスの後を追った。





「ねえ、なんなのよ?」


雨と車、申し訳程度の音量で流されているラジオの音、そして時折行き先を尋ねるの声が聞こえる他は何もない。



「え?なに?」


先ほどとは形勢が180度逆転した車の中で、ふと指し示すようにセフィロスが目をあげる。


「うわ…」


ワンテンポ遅れて倣ったの視界に映り込んだのはどこまでも続く桜並木と雨風に打たれ道路中に敷き詰められた桜の花びら。
思わずといった様子で言葉を失くしている間にも、二人が乗った車はその場所へと距離を縮め入り込んでいく。


「すごく、きれい」


さながら淡いピンクのトンネルのような道を、セフィロスは殊更ゆっくりと進め、普段なら窓を叩きつけてくる雨もスピードに合わせて多少のゆがみを残してはすぐに消える。
食い入るように前方を見つめていたが、やがて嬉しそうにそっと目を細めた。


「…セフィロス」
「なんだ」
「ありがとね」
「ふん」


桜吹雪に紛れいつ終わるとも知れない雨の中で。
少なくともの中からは雨の気配が消えてしまったかのように微笑んでみせた。