方々からかすかにもれ聞こえてくる楽しげなざわめきは耳障りのいいBGMよろしく。
静かな、落ち着いた空気で満ち足りた室内。
そして。
「Trick or treat!」
何故か前触れもなく蹴破られた扉。
強烈な衝撃に耐え切れなかった蝶番がかろうじて引きとめた扉を支え、悲鳴にも似た高音を振動と共に繰り返す。
風通しの良くなった場所に仁王立ちする姿に、エドワードとアルフォンスが示し合わせたかのように時計へと目を向けて。
「もうソレ、終わってんだろーが」
「バレたか」
呆れ果てた声音と、悪びれない声音。
苦笑いも少々。
「アル、おみやげ」
「ありがとう…?」
もらった手前、勢いで礼を述べたアルフォンスだったが。
扱いに困ったようにカボチャをサイドテーブルやソファの上をさまよわせた後、ひざの上にちょこんと乗せた。
「どこに行ってたの?ごはんのとき誘いに行ったけど部屋にいなかったね」
「ああ、うん。実はさ」
問われて、空いたソファに身を沈めつたがにわかに渋い表情を浮かべる。
「『お菓子ちょーだい!』って大佐からかって遊んでたら、『好きなだけ悪戯したまえ』とかなんとか言って逆に追いかけられちゃってさー…」
「うげ」
「リザ姉が大佐を捕獲してくれるまで、夕方からずっと逃げまくってたってわけ」
おかげでもー足がパンパン、と憮然とした面持ちのまま両足を叩いている。
「あーあ、お陰でアンタたちからお菓子もらい損ねた」
「ガキがガキにたかってどうすんだよ」
ようやく落ち着けた状況下でもなんとはなしに身体を動かさずにはいられないらしく、足をぶらぶらさせたり胡坐をかいてみたり。
「どうもしない。ノリ」
「他所でやれ」
「アルー、エドがいじめる」
「大人気ないよ兄さん」
「お前はどっちの味方なんだよ!?」
「」
口先でエドワード絡んでは玉砕したフリでアルフォンスに泣きついてみたりと実に忙しない。
ちゃちな数の暴力に打ちひしがれたエドワードがわざとらしく肩を落とした拍子に騒がしさが途切れて、いつの間にか外のざわめきも消えていることに気づく。
「もうハロウィン過ぎてんだから用はないだろ。自分の部屋へ戻れよ」
「えー、お祝いはまだまだこれからなのに!」
「何の?」
「諸聖人の日。いろんな聖人たちの記念日なんだってさ、今日は」
「ああ、そういやハロウィンってのはソレの前夜祭だっけか?」
「らしいね」
「らしいねって、…」
話を自分から持ち出した割には、あまり詳しく知っているわけではないとあからさまに見て取れるその態度にアルフォンスは苦笑した。
「だって、さっきシェスカさんに教えてもらったばっかりだもん」
むっとして言い訳がましく口先を尖らせたの表情は、次の瞬間にはぱっと明るくなって。
「で、今日みたいな日にさ。色々お願いしておけば、どっかの聖人さまが『祝ってもらったお返しに』って聞いてくれそうじゃない?」
「お前にかかっちゃ聖人の記念日も、願掛け対象か流れ星扱いだな」
大雑把な定義づけに、都合のいい部分だけ等価交換。
信じたいのかそうじゃないのか、とてもじゃないが予測がつかない。
「大体、オレはそういうモンは信じないし頼らないタチなんでね」
「ボクも」
「そんなことわかってるよ。だからあたしが変わりにいっぱい祈るんだってば」
心持ちえらそうなエドワードの言い草にも、少し申し訳なさそうにしながらも同意するアルフォンスの言葉にも深く頷くと反動をつけて立ち上がる。
「たとえ偶像だとしても。いいことあったら儲けもんじゃない」
「ちゃんとした信奉者が聞いたら憤慨すること間違いなしな動機だな」
「いいの!」
手身近にあった白いクッションを投げつけたは、戸口でふと立ち止まる。
「あたしがアンタたちのためにできることなんて、たかが知れてんだから」
おやすみ、と告げた背中は既にその場にはなく。
部屋には再び静けさが戻る。
「All Hallows…諸聖人の日、か」
大方、自室へ帰ったは本当に祈っているのだろう。
エルリック兄弟の道行きを。
エドワードはまんざらでもない笑みを浮かべたまま目を瞑る。
祭りはあたたかな余韻を残し、ここに幕を閉じた。
2005.11.1