伏兵



「今年は結構いっぱい集まったなー」


三角帽子に黒いマント。
吸血鬼でもないのにコウモリのぬいぐるみまでオプションでつけて。
ホウキはかさ張るからだろうか、携帯のストラップ部分に小さなホウキがぶら下がっている。

そして。
両手に抱え込んだ大量のお菓子。


「これが終わったら、みんなで分けて食べるのが楽しみだわ」


ふふふふふ、と抑えきれない笑みを漏らし、鼻歌交じりに歩く姿は傍から見ると不気味なものだったが。
本人はまったく気にした様子も見せずある部屋へと向かっていた。

割と公認状態で上司や同僚をからかえる貴重な行事として、がレノやルードたちと毎年恒例でやっているお遊び。
全員でいろんなところを回るのでは面白くない、と、その年毎に回る担当を決めて襲撃先もクジにて決定。
お菓子の回収に失敗したり、行き損ねたりするともれなくバツゲームが待っているのは、想像に難くないありきたりな流れか。

持っていたお菓子を袋ごとドアの隣へと置いて、が立ち止まったのは副社長室前。


「ルーファウスは絶対お菓子とか持ってなさそうだし。ここはひとつ」


心底嬉しそうににんまりと顔を崩したは。


「お菓子くれなきゃイタズラするぞー!」


上司の困った顔を拝むべく、意気揚々と部屋の中へと飛び込んだ。

いつも見慣れた職場。
人口密度が低いとはいえ、とりあえず人の気配を感じられるのに反応がない。


「ねえねえ」
「……」
「もしもーし」
「……」


やたら座高の高い、専用の黒椅子が窓の方を向いているせいで聞こえないのだろうか。
そう判断を下したが回り込んで覗き込みかけたのとほぼ同時に、半回転した椅子に陣取った人物と向き合う形になる。


「げ、セフィロス…」


実に楽しそうな表情はロクでもない何かを腹に持っている証。
そんな表情が読めないほど付き合いが短いわけではないは、嫌そうに顔をしかめて。


「ハイ、間違えましたー」


失礼しましたー、と有無を言わさぬ勢いで言い置くとクイックダッシュでその場から逃亡する。

右へ左へ、上へ下へ。

自分でも一体どういうルートをたどったか分からないほどに無茶苦茶に走って、行き着いた廊下でようやく足を止めた。
本能だろうか、執念だろうか。
部屋の前においてあったはずのお菓子袋を何故かしっかりと抱えたは、安堵感から一つ大きく息をついた。


「とにかく、ルーファウスを探し出してお菓子もらわないと…」
「その前に。言い逃げは良くないんじゃないか?
「…げ」


予定外の全力疾走のせいで上がった息を整えるの前には、呼吸一つ乱さないセフィロスが佇む。


「さっきから随分な反応だな」
「気にしないで、ただの挨拶だから」
「初耳だが」
「たった今あたしがそう定義した…って」


不毛な会話に突入しかけたのを珍しく早い段階で気づいて我に返ったは、その流れを自らの手で遮る。


「そうじゃないのよ」
「なんだ」
「絡むの禁止。今あたしに構わないで、セフィロス」
「何故?」
「大事な用があってルーファウス探してるの」
「ほお…そんなふざけた格好で大事な用とは、なかなか」
「うっさいなー」


肩口に細い針金でつけられたコウモリは、宿主の身体が小さく動くだけでぴこぴこと上下運動を繰り返す。
わざとらしく全身を眺めて言うセフィロスにはむっとしたように視線を向けた。


「日頃からかわれまくってる恨みを晴らせる上にお菓子までせしめ取れるチャンスなの、今日は!」
「なるほど」


内容はさておき、いつになく気迫のこもった力説は人気の少ない周囲にこだまするほど。
さすがに注意を引いたらしくちらほらと人が集まり始めている。


「だから、邪魔しないでね?じゃ!」


思いのほかあっさりと納得したセフィロスに、物珍しげな視線を送ったはややあって踵を返した。


「まあ、待て」


二歩目を踏み出す前にかけられた言葉と掴まれた襟元。
既に意識を他所へ向け、足早に立ち去ろうとしていたは不自然に動きを止められ一瞬息を詰め。


「…なにすんのよ!」
、変だと思わなかったか?」
「なにが?」


妙に穏やかなセフィロスの語り口に、起こしかけたブーイングを飲み込んで怪訝な表情で黙り込む。


「俺があの場所にいたこと」
「あの場所って、副社長室?」


皮製のルーファウスの黒椅子に我が物顔でふんぞり返っていた姿を思い起こし、は小首をかしげた。


「ルーファウスになんか用事があったからいたんでしょ?」
「違うな。用事があったのは俺じゃない」
「つまり?」
「昨日、急に頼まれてな」
「?」


かみ合っているのかいないのか。
返答とは別の言葉をつむぎ始めたセフィロスを見て、かすかに眉をひそめる。


「お前が妙な扮装で菓子がどうのこうのと騒いでいたら」
「セフィロス、あなたまさか…」


怪しい雲行きに引きかけた身体は、自然に肩に回されていた手に阻まれ退路を失う。


「神羅ビルの外に連れ出せ、ってな」
「うっわ、最悪!いつの間に共同戦線張ったのよ!?」
「だから、昨日だと言っているだろう」


副社長室で浮かべていた、あの笑顔の意味がここにきて一気にクリアになり。
じたばたと逃げようともがけばもがくほど、抱く手に力が込められて逃げられず。
近くにいては巻き添えを食らうことを熟知している職員達は、ただ遠巻きに眺めるだけでなんらかの手出しをする気配もない。


「なんでどうして!?セフィロスにはなんのメリットもないじゃない!」
「そうでもない」


そ知らぬ顔で実は結構気になっていたのか。
真っ先にコウモリを引っこ抜いて、帽子を取り去り、マントを引き剥がす。
嬉々としてから扮装を取り上げたセフィロスは、ためらうことなく周囲に放り投げた。


が予想通りの行動を起こしたら茶番に付き合った礼として、今日は有休扱いだと。良かったな」
「なんであたしがいいと思うわけよ!?」
「ついでにお前も有休扱いだそうだ」


休み、好きだろう?との言葉に。
打てば響く勢いでは即座に噛み付く。


「もらっても嬉しくない!このままだとあたし、バツゲームさせられちゃうよ!」
「知らん。俺には関係ない」


ずるずると引きずるように動き出したセフィロスが向かう先はエレベーター。
進行方向に立ち並んでいたギャラリーが左右に割れて、目的地までの直線経路と人垣が出来上がる。
ここに赤い絨毯でも敷けば映画のプレミアムイベント、ブーケや紙ふぶきでもあればウェディングロードといった様相。

だが。
力いっぱい足を突っ張って逆行しようとするの姿は風雅で華やかな雰囲気からは程遠く、どちらかというとおもちゃ売り場で駄々をこねる子どもといったところか。


「ほんのちょっとだけでいいの。2〜3分、ルーファウスに会わせてくれるだけで。ね?」
「それだと俺がルーファウスに手を貸した意味がなくなるだろうが」
「ケチ!」
「何とでも言え」


二人の姿がエレベーターの中に消えてなお、しばらくは聞こえていた声が聞こえなくなると人垣も徐々に崩れていく。

人が消え、場に普段の静けさが戻った頃。
騒動の中心部からはいささか離れた場所にて傍観していたらしい数人の人影が遅まきながら動きを見せた。


「楽しみじゃないか。バツゲームとやらが」


誰にともつかないつぶやきの後、ルーファウスが低く笑い声を漏らす。
上司命令なのだろう。
ブラインドよろしく周囲を取り囲んでいたタークスたちがそれぞれに思いを込めて沈黙を保つ。


片や不思議そうに。
片やバツが悪そうに、そして少しだけ同情するかのように。