最強なのは



女、三人寄ると姦しい、と。
不本意にも言い得て妙なような、気分的には大きなお世話な言葉が世には存在すれど。


「メリィ、コレがいいよ」
「ほったらはこれにしいな」
「あ、コレかわいい!あたし、これにしようかなー」
「あかんあかん!それはウチが最初に目ぇつけててんから!」


この場では、女、二人寄っただけで既に姦しいという状況が自然に形成されること約1時間。
ようやく、彼女たちのかねてよりの計画が実行されるに至った。


行き当たりばったりの彼女達が狙いを定めた最初のターゲットは、今まさに二人の方へとことこと近づいてきているモモのようで。


「Trick or treat!!」


十分に近づいたのを気配で確認すると声をそろえて振り向いた。


「うわあ…」


その言葉が意味する部分からはいささか外れ。
『何かをもらおう』ではなく『仮装して人を驚かせて楽しもう』という主旨の悪戯心に燃えるとメリィは、モモからもれ出たその声に第一回目の成功を見てほくそ笑んだ。
…のだが。


「お二人とも、とても可愛らしいです」


吸血鬼と魔女の衣装を纏った姿は、モモに怖いものとは判断されなかったらしく、朗らかな屈託のない笑顔で拍手喝采を送っている。
記念すべき第一回目、あえなく敗北。




「おっかしいなー。何で怖がらへんのやろ?」
「あたしたちだけじゃ迫力が足りないのかな、もしかして」


悪戯心を満足させるべくデュランダルを徘徊する二人は、モモと最初に出会って以降、4回ほど同じ事を繰り返してみたのだが。

ケイオスには温かく受け入れられ見守られ送り出され。
ジギーには鉄壁の無表情でもって、いたって真面目に行動の意味を問いかけられ。
エルザ内では無責任にただただ囃し立てられただけだった。
唯一、驚かすことができたのはアレンだけ。
彼の場合、過剰に驚きすぎて自分達を判別するまもなくその場を逃げ出してしまったため、笑うに笑えない釈然としない状況となってしまった。

お互い顔を見合わせると、がっくり肩を落としてため息をついて。


「お、何やってんだよ?、メリィ!」
「うわわ!」
「びっ…くりしたあ…」


背後よりかけられた声に逆に驚き飛び退る始末。


「なんや、ちび様かあ」
「なんやとは何だよ」
「特に深い意味はないよ。色々あってあたしたち、ちょっと荒んでるだけだから」
「何だそりゃ」


まるで要領を得ないJr.にせがまれてざっとかいつまんだ状況を説明すると、次第に表情が面白そうなものへと変化する。


「確かにお前らだけじゃああんま怖くねえかもな」
「そうなんだ…」
「適正、ないんかなあ」


何の適正だ、とツッコミを入れることはせず。
再び肩を落とす二人を眺めたJr.はおもむろにきょろきょろと辺りを見回した。


「シェリィは?」
「そんなん怖ぁてよう誘いませんわ。このことはシェリィには内緒にしてますねん」
「シオンは?」
「彼女の第六感が働いたらしくて一足先に逃げた模様」
「そっか、そりゃ残念だな」
「なにが?」


唐突な確認に、しゃがみこんだままのが顔をあげて問いかけ。


「イヤ、あいつらなら結構迫力あるんじゃないかと…」
「……」
「……」
「……?」


沈黙。


「今、ウチ、ちび様の本心垣間見てもうた!」
「機会があったらシオンにチクってやろーっと」
「待て待て待て!」


あっという間に結託して盛り上がる二人を慌ててJr.が引き止める。
助け舟のつもりだった発言の揚げ足を取られてはたまったものではないらしい。
ひとしきり騒いで落ち着いたのか。


「とにかく!芸人たるもの、気に入る反応があるまで前進あるのみや!」


ぐっと拳を握って熱く燃えたぎるメリィの背後には炎の特殊効果でも現れそうな勢いで。
次いでも立ち上がり気合いを入れれば毎度おなじみお騒がせコンビの復活と相成ったのだが、何故か座り込んだまま口をパクパクさせている。


「なんや?、どしたん?」


自分ではなく、その後ろへと向けられた視線に首をかしげたメリィが振り返って厳しい現実と直面した。


「仕事を放り出してどこへ行ったのかと思えば。こんなところで油を売っていたのね」
「シ…シェリィ…」
「芸人以前にあなたにはやることがあるでしょう?」
「そうやねんけど、色々事情っちゅーもんが…って聞いてぇな!なあ!」


握った拳をそのままつかまれる形でシェリィに引っ張られたメリィの声が徐々に小さくなっていく。


「Jr.…」
「わーかってるって」


つぶやくようなの声に驚くべきシンクロ率でその意を汲んだJr.が力強く頷いた。
長いコートを翻し、敢然と立ち上がる。


「リタイアを余儀なくされたメリィのために、俺もやるぜ!」
「それは困るな」
「げ、ガイナン」


子どものような風体でも十分に頼もしいJr.が、ひときわ頼もしく見えたひと時は。
姿形をほぼそのまま引き伸ばし、穏健さの中に底知れない迫力を秘めたガイナンが並び立つことによってもろく崩れ去る。


「Jr.、念和を無視するのは感心しない」
「わ…悪ぃなガイナン。なんかよ、上手く聞き取れなくってさ…」
「その言い訳は自分で言ってて空しくならないか?」
「…ちょっとだけ」


引きつった笑いで答えたJr.は観念したように理事長室へと向かい。


。その姿になった経緯をいつか教えてもらえるかな?」
「う、うん。ガイナンが忙しくないときにね!」
「それは楽しみだ」


悠然と後を追って歩き出すガイナンを、満面の笑みでは見送った。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように辺りが静まりかえる。


「なんか、疲れちゃった…」


一人取り残されたは、メリィと二人で溜め込んだロッカー室のケースへつけていた衣装を次々に放り込んだ。


「みんないなくなったし、あたしも戻ろ」
「そうは行かないわよ、


おどろおどろしい声に、鏡越しに姿を探ろうとしたの身体は自分の意思とは関係なく半回転させられ、仁王立ちのシオンと向かい合う。


「聞いたわよ。アレン君がいなくなっちゃったの、たちが驚かせたからなんですって?」
「アレンさんねー。問答無用で逃げなくてもいいのにね。もうびっくり」
「だから!たちが驚かせたから、でしょ?」


くっきりと笑みを浮かべた口元とは対照的に、ニコリともしていないシオンの据わった目が実に怖い。


「おかげでアレン君にしてもらうはずだった作業がはかどらないったら…」
「あ、じゃあ!あたしが変わりにアレンさん、探してくるよ。ね?」
「い・い・え!」


逃げ出すチャンスとばかりに声を張り上げたの提案はきっぱりと断られ。
先の二人と同じ運命をたどるかのごとくがっしりと腕をつかまれ、シオンがめざす目的地へと一歩ずつ近づいていく。


「あたしには難しすぎて無理だってば、シオン!」
「大丈夫、簡単なことから順にやってもらうから」
「シオンの簡単とあたしの簡単はレベルが違うんだって!ねえ!」
「心配しないで。のためならきちんと丁寧に教えてあげるから」
「イーヤー!シオンはスパルタだからイヤー!」


人を驚かせるためのお遊びは。
自分にとって妙に逆らいがたい人間を炙り出しただけという世知辛い結果を導き出し、終幕と相成った。