「お菓子くれなきゃいたずらするぞー」
「うおわっ!?」
それは俺がクロサキ医院のドアを開けたときに起こった。
つまりはアレだ。
自分ちに帰ってきたはずなのに、さっさとドアを閉じてもう一回表札を確認したくなるような。
そんなシチュエーションってヤツ。
確かに今はハロウィンの季節だ。
だけどまだ、ハロウィン当日じゃねえ。
それなのに、俺の目の前にはでかいカボチャにマントらしきモンをつけた物体が玄関に立ちはだかっている。
しかも。
「ステキな反応…」
「オメー、か?」
カボチャの中からくぐもった、それでいて聞き覚えのある声。
「違います。今は、ジャック・オ・ランタン」
「イヤ、油すましかと…」
「…なんでそんなマニアックな路線で連想するかな、そこで」
かぶっていたカボチャを外し、が呆れ返った声でつぶやく。
どんな反応されても、そう見えたモンはしょうがないとして。
「で、なんでオマエがここにいんだよ?」
俺的には至極当然な疑問を投げかけてみたら。
「おたくのヒゲパパに聞いて」
状況を推察するには十分すぎるほどの即答が跳ね返ってきた。
「………強制連行、か?」
「それはもう、文句の付け所がないほど鮮やかに。さっくりと。問答無用で」
怪盗なんちゃらも真っ青なお手並みってヤツじゃない?と、かぶっていたカボチャと見つめ合う。
「…なあ」
「んー?」
何で俺は玄関先で靴も脱がずにいつまでも佇んでいるのだろう、という素朴な疑問が拭い去れないが。
それよりも。
「オマエがつけてるそのマント。何か俺、見覚えあんだけど」
「ああ、コレ?」
が端をつまみあげてひらりと生地を俺にもよく見えるようにして。
「一護の部屋のカーテンだってさ」
予想通りの爆弾発言。
「やっぱりか!?」
「遊子と夏梨がコレつけろって、さっきくれたよ?」
「…そーかよ」
こーゆーときは。
ウチの家ん中のヤツが全員敵に回るといっても過言じゃねえ。
で、なし崩しに巻き込まれて一人でのんびりする暇なんてちっともなくなるんだよな。
イヤ、別にそれが嫌ってわけじゃねえんだけど。
「最悪だ…」
「なにがよ?こういうイベントごとは適当に楽しむが吉」
「簡単に言ってくれるぜ」
「そういう一護だっていつも結構楽しんでるじゃない」
巻きつけていた俺の部屋のカーテンを律儀に折りたたんだが、俺の手元にそれを押し付けて。
カボチャだけは後生大事に抱きかかえたまま壁に背中を預ける体勢になる。
「ああ?」
「ヒゲパパや妹たちが楽しそうにしてるの見てて」
「……」
のストレートな物言いには時々上手く返事をすることができねえ。
今だって思わず言葉に詰まって黙ったら、にんまり笑って覗き込んできた。
「あまりに図星で照れたのかね?ん?一護クン」
「っせーな」
これ以上追求されたくなくて。
カボチャを取り上げて家の奥へと進みだすと、慌てたようにも追いかけてくる。
「ちょっと、一護!それ、私のだってば!」
何が気に入ったのか、躍起になって取り返そうとする手をかわしている内に肝心なことを思い出した。
「なあ、」
「なによ?」
足を止めた俺につられて、手をカボチャへかざしたまま動きを止め。
「今日はまだハロウィンじゃないよな?」
「うん、ハロウィンは明々後日だからね」
次いだ質問には、こくりと大きく頷いて答える。
「なんでオマエが今からあんなカッコ、してたんだよ?」
「ああ、それはね」
一瞬訪れた沈黙にかぶさるようにして、部屋の向こうで親父たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
「ヒゲパパ曰く。今日は顔合わせ、明日は予行演習、明後日はリハーサルで、明々後日が本番だってさ」
「………本番以外、全部ニュアンス的にはおんなじことじゃねえのか?」
「一般的にはそうだと思うけど。一通りやってみたかったんじゃない?」
俺同様、巻き込まれたはずのは実に深い理解を示した。
「それにオマエ、毎日付き合う気か?」
「とりあえずは。つか、今日は私だけみたいだけど」
「だけど?」
つかなくてもいい逆接に俺はいつも以上に眉間のしわが寄ったのを自覚する。
「明日以降はもっと数、増やす気みたいよ?」
「例えば?」
「そりゃー、ケイゴとか水色とかたつきとか織姫とか…」
「全部かよ」
放っておけば延々と続きそうな名前の羅列を遮ってため息をつく。
その隙をついてカボチャを取り戻したがドアを開くと賑やかな声が更にクリアなものになった。
俺の家族たちにすんなり溶け込んで、笑い転げているを眺めて。
「何だよ。今日が一番『イイ日』なんじゃねえか…」
つぶやいた俺の声は幸いにも小さすぎて誰の耳にも届かなかったようだが。
向こう数日の展開が思いやられる、始まりの日だってことだけは間違えようがない事実らしい。
2005.10.28