便り



「なんだこりゃ?」


荷物の中に感じられるかすかな振動に、ウロさんから取り出した手紙を眺めてギンコが漏らした声は。
心情がそのまま表れたような途方にくれた響きを宿す。

表書きには別段不明なところはない。
久しく顔を合わせていないからの便りだということが署名から分かる。
それは分かる、のだが。
肝心の内容はというと。


文章と呼べるものは一切なく、白い紙面がおよそ楕円の形に橙色で塗りつぶされ、そのところどころに乗せられた黒いシミ。
ただ、それだけ。


何か仕掛けでもあるのかとおもむろに振ってみたり、太陽にすかしてみたりと、考え付くことを全て試した上で結局は何も無いことを悟る。


「これを俺にどうしろっつーんだよ、あいつは…」


丁寧に折りたたんで懐に手紙をしまいこむと来た方向とはまったく逆の方向へ歩き出した。




不思議な便りがギンコの元に届いてから十数日後。


「うおーい」
「はーい?」


打てば響くような返事と、屋内を小走りでかけてくる音。
声の主が顔を覗かせたのを見計らってギンコは口を開いた。


「なんなんだよ、コレは」
「あれ?ギンコ、おかえりなさい」
「ん、ただいま…って。違うだろ」


つられて返事をしたギンコは、懐から取り出した手紙をの眼前にちらつかせる。


「コレは一体何のつもりだ?」
「あ、それ?」


当然見覚えがあったらしく。
すぐに反応を見せたはぱんと手をひとつ叩いた。


「カボチャ」
「………はあ!?」


やっと疑問が解消される。

そんな面持ちで軽く身を乗り出していたギンコは、次いで得られた言葉にくわえていた煙草を落としそうになって慌てて手で支える。
にしてみればそれ以上の説明はないらしく、間の抜けた表情で凍りつくギンコを不思議そうに見つめた。


「百歩譲ってこれがカボチャだとしてだな。なんか妙なもんがついてるんだが」


不自然な間の後、改めて絵をマジマジと眺めたギンコが、これまた改めて首を傾げる。


「もー、妙じゃないってば!それは目と鼻と口!」
「カボチャに顔はいらんだろ」
「いるってば。そういうものなの!」
「そう…なのか?」
「そう!」


『カボチャ』に関して、何故か強気の態度を崩さないに水を差すつもりはないのか、諭すような口ぶりになる。


「まーなんにせよ、だ。いきなり人にわけ分かんねえもん送りつけてくるんじゃねえよ」
「わけ分からなくなんか、ないよ」


相手の投げやりな態度にはむっとしたように口を尖らせた。


「そうか?俺にはさっぱりわけ分からんが」
「なんかね、外の国の風習なんだって」
「へえ」
「『なにかくれないといたずらするぞ!』って言っていろんな家で物をもらっていく行事があるって」
「ほー」
「この間、行商の人に教えてもらっちゃった」
「なるほど。で、なんでコレを俺のところへ届けようと思い至った?」
「ギンコにも教えてあげようと思って」


転じて嬉々として語るとは対照的に、ギンコはどっと疲れたような表情になる。


「頼むから!それなら説明文もきちんとつけてくれ…」
「ちゃんと説明できるほど、私、書くの堪能じゃないし」


割と本気と思しき言葉は悪気ない言葉の元、空しく通り過ぎた。


「…分かった。の現況を俺が分かるような文をいくつか教えとくから。今度から文を送るときはそれもどっかに書いてくれ」
「うん、ごめんね。もしかして送ったの迷惑だった…?」


渋面のまま思案する様子には不安げに覗き込み。


「そうじゃねえだろ。ああいう文じゃ、が元気なのかとか緊急の便りなのかとか分からんから言ってんだよ」


気づいて安心させるように表情を和らげたギンコは、ぽんと手をの頭に乗せて一呼吸置くと、にやりと口の端を吊り上げた。


「『なにかくれないといたずらするぞ』…だったか?」
「え?」
「慌てて帰ってきたから腹減ったし疲れた」
「あ、うん!そうだよね。うち、入ろ?」


ずっと手にしていた手紙をまた元の場所に戻して。
戸口にたどり着いてからこっち、とりあえずの問題解決へとこぎつけたらしい二人はようやく家の中へと入っていった。

以後、ギンコの元には。
変わらず不思議な味を持った絵に、身辺の様子を伝える短い言葉を添えた手紙が届くようになったらしい。