見るとはなしに付けられたテレビから流れてくるのはクリスマスに便乗した番組や音楽ばかり。
後、数時間もしない内に日付も変わるというタイミングで階下から響いてきたエンジン音に、はふと我に返ったように瞬いた。
一つ一つ、踏みしめるように上がってくる足音にいつもと変わらないであろう顔ぶれを思い起こしているのだろう。
「やれやれ」
物思いにふける時間は終わったと。
ソファに深く身体を預けたまま来訪を待つの顔に、微笑とも苦笑とも区別のつかない笑みが浮かぶ。
「?」
足音が確実に近くなっていると言うのに話し声一つしない状況を不思議に感じた時には、既にドアの向こうに人の気配。
次いで、ノックもなく開かれたドア。
鍵を閉め忘れていたということよりも、無断で開けられたことに驚いたように首を傾げ。
「勝手に入ってくるなってあれほど言ったのに…。カダージュ?ロッズ?それともヤズーなの?」
呼びかけに返る声もなく入り込んだ人影には目を奪われ、声を失くす。
ゆっくりとその距離を縮めてくるのは名を呼んだ内の誰でもなく。
「…セ、フィ…ロス…?」
懐かしい眼差しをまっすぐにに注ぐ在りし日の銀髪の英雄、その人だった。
「久しぶりだな、」
伸ばされた手に思わず後退りかけて、後がないことを思い出したのか。
はっとして身を竦めると目を固く閉じた。
指先と、手のひらと。
触れた箇所に伝わるのは確かな人肌の温もり。
「…セフィロス…!!」
何故、と理由を問うよりも早くはセフィロスへと抱きついた。
『崩壊』からおよそ2年。
目の前の人物と対峙した張本人から直接聞いたはずの報告を、この時ばかりは忘れていたかったのか。
1時間、2時間と飛ぶように過ぎていく時間の中で、セフィロスの突然すぎる来訪を疑問視する言葉など一つも差し挟もうともしない。
むしろ、かつてそうしていたように。
互いの吐息が感じられるほどの近さで他愛ない話に花を咲かせ、はただただ顔を綻ばせた。
そんな華やいだ雰囲気に翳りが生じたのは、イブからクリスマスへと日付が移りしばらくしてからのこと。
「限界、か…」
「セフィロス?」
不意にこめかみを押さえわずかにふらついたセフィロスの身体が一瞬ダブって見えたは、眉をひそめて気遣いながらも呟かれた言葉に不安を募らせる。
傷んだフィルムが像を歪ませるように、幾度となくノイズが走り。
セフィロスのものよりは遥かに短い肩口に掠める程度の銀髪と、同じく幾分かは幼い顔立ち。
「時間切れだ、」
「…あらあら」
合間合間に見えた馴染みのある人影に、は事の次第を悟る。
「12時過ぎて魔法が解けちゃった、なんて。童話のお姫さま気取るには無理がありすぎるわよ」
「そんなつもりはさらさらないんだがな、俺には」
「おかしいわね」
「お前がな」
こんな状況においても冷静に時を告げるセフィロスを支えるようにして寄り添う。
冗談めかした口振りとは裏腹に細く震える声。
「…また…!」
もはや、どちらのものか分からない温もりと、着実に薄れ行くセフィロスの姿に。
「また、会える、よね?」
声を詰まらせたが求めるのは別れの言葉ではなく約束の言葉。
「ああ」
笑顔を作ろうとして失敗した彼女に穏やかな目を向けたセフィロスは、静かに微笑んで俯きがちな頭を優しく撫でた。
こらえ切れず溢れ出た涙を隠したかったのか。
急にしがみついてきたをしっかりと強い力で抱きしめる。
「必ず…」
迎えに来る、と耳元で囁かれた声は確かにまだセフィロスのもので。
けれど、握り締めた手の内から長い髪が形を失くし消えていく感触に、は堰を切ったように嗚咽を漏らす。
「……?」
そして。
困惑した様子でそっと呟きかける、本来の身体の主に。
「お願い…カダージュ」
「…うん?」
「…お願いだから、もう少しこのままで…」
「……うん」
やっとの思いで懇願を言葉にすることに成功する。
涙が涸れ、尽きてしまうまで。
しばらくの間だけ。
2005.12.25