野望



師も走るほどに忙しいと称される、年の瀬。


「あ、そこのちりとり取ってもらえる?」
「ん」


いつもよりは長めの滞在を心に決めて山里へと足を運んだギンコも、残念ながら例外とはなり得なかったらしい。

髪を布で覆い隠し、寒空の下、震え上がる様子もなく二の腕をさらしつつ。
しっかりとたすきを掛け袂をからげた姿で出迎えたに、何事かと言葉にするまでもなく状況を推し量る。


「ね、ギンコ。戸の建てつけが悪いみたいなの」
「ああ、じゃあ直しとかねえとな」
「着いて早々、悪いわね」
「何、構わんさ」


腰を落ち着ける間もなく手伝いを買って出たギンコもまた袖を捲り上げ、の願いを聞き入れ一つ一つこなしていく。


「こういうとき、男手があると助かるわ」


冷たい水を厭うことなく布地を湿らせては普段手につかない部分を拭い取る作業を黙々と続けていたが、ふと顔を上げて。


「まあ…そうかもな」
「うん。私じゃどうにも埒が明かなくて…」


工具を片手に戸の補強に勤しむ背中を眺め笑みを漏らした。


「お前がまた不器用だからな」
「それは言わないお約束」
「なんだ?怒るかと思ったが」
「今は、ね」


手伝ってもらった後は保証の限りじゃないけどね、とが嘯くと、煙草の代わりに数本の釘をくわえ込んだままギンコが振り返り。


「…。さっきの発言はなかったことにならねえか?」
「さーて、どうしようかしら」


もったいぶった口調とは裏腹な、どこかしら浮かれた雰囲気に不思議そうに目を見開いた。


「やけに機嫌がよさそうだな」
「そう?」
「ああ」


言葉にはならなくとも、理由を問われていると自覚したが考えるように小首をかしげ、修繕を終わらせたギンコが立ち上がり戸を幾度か滑らせる。


「嬉しいから、かな」
「嬉しい?」
「うん」


建具が軋み、こすれて生じる耳障りな音はもはや片鱗もない。
満足げに一つ頷くと、ようやく煙草を口へと戻す。


「ギンコがしばらくいてくれるって言うから」
「…そんなことかよ」


肩透かしを食らったような声音に、の語気が強いものへと変わる。


「そんなこと、じゃないよ」
「ん?」
「一緒に大掃除できたし。お蕎麦も一緒に食べられるんだよ?」
「それが嬉しいのか?」
「ギンコと年末年始を過ごすのは私の野望だったもの。去年も一昨年もだめだったから」


力説とはまさにこのことだろうか。
拳を握り、真剣そのものなにギンコは思わずと言った勢いで声を上げて笑い出す。


「もー、なによ。私、変なこと言ってないよ」
「いや、悪い悪い。んで?そういうことなら、初詣も行くんだろ?」
「もちろん」
「おせちは?」
「あ、ギンコが食べたいならがんばるね!」


膨れてみたり、嬉しそうに目を輝かせてみたり。
ささやかな『野望』はどうやら尽きるところを知らず。

ただただ、いつもより長く共に在れることを素直に喜ぶにつられたように目を細めると、その弾んだ声に耳を傾ける。

そして。


「あ、でも」
「あ?」
「ぶきっちょ呼ばわりしたことは、まだ保留中だからね」
「へいへい」


上手くそれたはずの話題を忘れていなかったという状況に内心さすがと舌を巻きつつも。
取ってつけたような似合いもしない強気な彼女の態度に、ギンコはかみ殺した笑いが見破られないようひょいと肩をすくめて見せた。