見慣れた景色、見慣れた道。
程なくたどり着くであろう馴染みの家は、無論変わらぬまま在り続けその存在を示している。
「」
軽く戸を叩き、家の主が出てくるのを待つが一向に現れず、ましてや中にいる気配すらない。
「おーい、いねえのか?」
念のため、中に入り込んで様子を窺うが状況は変わらず。
鍵もかけずに長時間家を空ける性質でもなかろうと、置いた荷物に腰をかけ、帰りを待つことしばし。
「ギンコー」
名を呼ばれたような気がして顔を上げ、すぐにその答えを得る。
里の中心へと延びる道に見え始めた人影はまだまだ遠く目には小さくしか映ってはいないが、誰だかわからない、などということはない。
「おーう、。待ちくたびれたぞ…って、おい!」
むしろ、つぶさに見て取れる危なっかしい足取りは、いつか盛大に転んでしまうのではないかと思わず肝を冷やしてしまうほどだ。
「危ねえから走んじゃねえよ」
「そんなこと、言われたって」
大声で送った忠告は悪意なく撥ねつけられ、その間にも裾をからげて大きく片手を振り、息を弾ませながらは走り続けている。
「ギンコがいるって分かったら、走っちゃうでしょ」
「何だそりゃ」
その甲斐あってか。
当然、と何故か胸を張る彼女が目の前まで来て立ち止まったのは、歩きではとても得られないような速さだった。
髪は風に乱され、荒い呼吸をくり返し。
はー、と深く息を吐いて、おそらく人心地付けられたのであろう頃には、わずかとは言え既に幾らかの時が過ぎ去ってしまっている。
「だって。一緒にいられる時間を、ちょっとだって無駄にはできないもの」
それでも屈めた身体を起こしたの顔には笑みだけが浮かび。
「…ま、そりゃあ、な」
同意を示すと更に嬉しそうな顔になっていそいそと戸を開く姿に、思わず笑みつられて後に続く。
きっとこうやって、気付けばつい予定よりも長くこの場に留まってしまうのだろうと妙に納得しながら。
2006.10.01